緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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(山塚あて)
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夢と思い込みを批判する
この前のことなのだが、とある企画書を持っていった。すると、予期しないことも含めて、多くの建設的批判をいただいた。的外れではないか、とぼくが思うものも多かったが、いずれにせよ批判だったので、その企画はボツになった。

その後、全く別の権威者と会うことになり、時間がなかったのでその企画をそのまま持っていった。すると、「ああ、これはすごくいいよ」ということでトントン拍子に進むことになった。

ぼくはこのエピソードから何を言いたいのだろうか?

「社会にはきっとあなたのことを分かってくれる人がいる」。違う、違う。

たいてい「社会が分かってくれない」「社会には理解されない」というとき、その多くは自分だけの思い込みか勘違いであるからだ。

では、「自分の想いを分かってくれる人を探すのは止めろ」?それも違う。多くのヒット作には、よく「当初企画自体をどこからも受け入れられなかった」という事例を持っているではないか。

おそらく軸を持てばいいと思う。

「肉親以外の6人の賛同を得ることができたら、その企画は実現するのではないか」--。こういう仮説の元に考えてみる。

あなたが俳優になりたいとき、あなたが本を出したいとき、あなたがこういう一歩を踏み出してみたいとき。6人の賛同者を集めることができるか。

もし6人が集まるのであれば、その企画は実現するだろう。その6人が集まらなければ、その企画自体が失敗だった可能性が高い。

ぼくは何かをやろうとするときに、こう思う。一人や二人だったら、理解されないこともあるかもしれない。だけど、多くの人に語って6人集めることができるかどうか、これが思い込みを廃し、チャンスを逃さない秘訣なのだ、と。

どうでしょうかね?
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# by fastska | 2006-10-07 07:29 | 青春記・旅・思想
ぼくらのカミサマ批判
カソリックの人がいたら許して聞いてほしい。

最近なんだか言葉にできそうなことがある。それは「なぜ神は美しい存在であり続けなければいけないのか?」ということだ。

ほら、ぼくらの周りに転がっているじゃないか。とても神が慈善にあふれた存在であれば、絶対にこんなことしないであろうという惨いことが。あまりにも残酷な現実があるじゃないか。

確かにひたすらまっすぐに生きればそのうち神のお恵みもあるかもしれない。だけど、ただただ不運な人生だってある。殺される人生だってある。それに対して「次生まれ変わったら報われるだろう」なんてことを言う厚かましさは、ぼくにはない。

いや、世の中の人はこういうことに薄々気づいているかもしれない。だから、人々は道徳を無視し、祈ることも止め、傍若無人にふるまいだした。

こういう文脈でニーチェの「神は死んだ」という名言が引用される。ぼくが最近なんだか言葉にできそうなことはこれなのだ。

通常この「神は死んだ」という言葉は、「かつては道徳や倫理にあふれた存在であった神という絶対的存在を俗人化した人間どもが踏みにじった」という意味であるようなのだ。「もうかつてのような高貴な信仰はなくなったのだ」と。

でも、ぼくは全く違うのじゃないか、と思い始めている。

それはこういうことだ。つまり「神を殺したのはクリスト教信者だ」と。

普通は、「敬虔なクリスト教信者が神を殺すわけないだろう」と思うに違いない。だけど、ぼくは確信している。

どういうことか。かつては神の存在とは「むちゃくちゃなこともしでかす、しかしそのグロテスクなほど美しい矛盾だらけ」のものだった。もはや善悪を超えた超越的存在として君臨する、それでいても愛すべき存在だった。

しかし、クリスト教信者はそのグロテスクかつ美的な存在を、単なる「道徳的にも倫理的にも善き存在の神」としてのみ矮小してきたのではないか。つまり、善悪を超えた存在を、人間ごときが理解できる凡庸な存在に貶める冒涜をおかしてしまったのではないか。

だから、神は殺された。

そう考えればぼくの中では全てがつながった。これからは善悪や真偽など人を動かす力とはなりえない。ぼくらが動くのは、善悪や真偽超えた存在があることを認めた後に、その矛盾だらけの中から乗り越えようとする意思によってだけなのだ。
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# by fastska | 2006-10-06 19:19 | 青春記・旅・思想
風味絶佳としての恋~映画「シュガー&スパイス」の恋愛風景を批判せざるを・・・
 現在の女性たちに「自由恋愛ってどう思う?」と訊いたらどうなるだろうか?

「当たり前でしょ!」と言われて終わりか。当たり前か。別にこれは女性に限ったことではない。この映画の主題が自由に駆け抜ける女性に振り回される男性陣、だったからそういう訊き方をしたまでだ。

しかし、昭和初期まで結婚とは生活のためにするのであり、許婚(いいなずけ)制度もお見合いも、親が強引に決定することも、それぞれ機能していたことを考えると時代の速さに驚愕せざるをえない。

さっき「昭和初期まで結婚とは生活のため」と書いたが、まさにそれの対極が「自由恋愛」だったわけだ。繰り返すが、昭和初期までは、である。昭和の歴史家の書物などを読むと、自由恋愛の果てに結婚した二人は「ならず者」であり、「放蕩」呼ばわりされていることが分かる。

それがわずかの時間で変化してゆく。もちろん、我々は現在に生きているから、現在のことだけを考えていればいい。過去のように、許婚を賛美したり、親の決定を待てといいたいわけじゃない。

しかも、最近は「結婚自体しなくてもよいかも」という考えすら出てきた。こう書くと、なんだかぼくがそういう考えを否定しているようだが、そうじゃない。単にそういう風潮もある、と言いたいだけだ。

そういう時代においては、そのときそのときの恋愛も今を輝かせるものとしてのみ機能する。つまりは、恋愛が都度消費される。

だから「今付き合っている人はいるけど、結婚するかわかんない」という発言がありうるのである。繰り返し、その良し悪しは論じない。

考えるに、選択肢の多い時代と、選択肢の少ない時代を比すれば、選択肢の多い時代が悩ましいのではないか。どっかの哲学者も書いているように。自由のパラドクス、というやつだ。

ああ、「女性はある年齢になったら絶対に結婚するものだ」という思い込みの強い時代に生きた女性たちの心情はどれほどラクだったことだろう。

これは女性だけの話ではない。男性も自由という桎梏を強く内在させているのだ。

ということを、この映画を観ながら考えていた。これも自由な時代の不自由さだな。
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# by fastska | 2006-10-04 22:41 | 映画エイガえいが
セミナーにばかり行く奴を批判する
こういうことを書くと嫌われるだろう。

だが、確信を深めたことについて書く。

セミナーにばかり行っている奴がいる。いつ顔を出しても居る奴。そりゃ2ヶ月に一度くらいはいいかもしれない。本当に勉強になるものがあれば、それでいい。ぼくが言いたいのはそのレベルではなく、暇があれば毎週に近いくらいセミナーや集まりに出かけている人たちのことである。

最近、こういうことに気づいた。
・そういう集まりにはたいてい中心となる人物がいる
・そしてその中心人物が発する主張は異常に分かりやすいものである
・その主張はどちらかといえば現状の習慣を否定するものである
・そしてその主張を最も実践していないのは、その中心人物である
ということだ。

例えば、だ(本当に、例えば、だから応用して読むこと)。ある中心人物が「これからは右脳の時代だ」という。そうすると、その周りの人たちは「そうよねぇ、左脳の時代なんて古いよねぇ」と、左脳的な論理仕立ての本を読まなくなる。中心人物が「これからは知識ではなく、体験の時代だ」と叫べば「そうよねぇ、知識なんて誰でも得られるもんねぇ、これからは実践よねぇ」ととにかく体験を重視するようになる。

しかし、である。

周りは分かっていない。中心人物が最も左脳的だということを。
周りは分かっていない。中心人物が最も知識傾斜型だということを。

かつて浅田彰が「逃げろや逃げろ」というとき、その前提となる基礎学力がすっぽりと抜け落ちていた。浅田が逃げることができるのは、京大の天才、しかもポストモダンをいち早く日本で紹介したその博覧強記にあった。普通の人間が常識から「逃げ」たって逃げ切れるものか。

実は基礎体力のある中心人物が、その基礎体力を否定するような言説をすることで、群がる人たちとの差は確実に広がっていく。そして、果てには周囲はその中心人物の発言を神託のように聞いてしまうのだ。

この場合の基礎体力、とは年間200冊程度の読書を10年ほど続けるくらいのレベルだ、と思う。

繰り返すが、上記は例であって、別に右脳とか体験至上主義を批判したいわけじゃない。

ぼくがいいたいのは
・皮相的な分かりやすい表現の裏にはたいてい凡人には真似できぬほどの基礎体力が潜んでいること
・毎週集まりにばかり行くよりも、独りの、あるいは大切な人との時間がもっと大切だと思うぞ
そういうこと。

ああ、嫌われるだろうな。
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# by fastska | 2006-10-02 23:31 | 青春記・旅・思想
単なる格差社会化が問題ではない~妄想を批判する
格差が社会全体で広がっているという。莫迦(ばか)らしい。これまで格差が広がらないことが問題だ、といっていた人たちが、である。

正直、格差が広がることは問題ではない、と思う。より人々の心をつかんだ人が高収入を得るのは当然だからである。それさえ認めない社会は共産化である。そして、ある意味社会的な要求がほとんどない仕事しか携われない人の収入が低くなるのは当然である。

問題は、おそらく違うところにあるのだろう、と思う。人間は同組織の中での格差、身近な人との格差が最も気になるのではないか。IT某社の平均年収が2千万円ときいても、それは問題にはならない。しかし、隣の机の同年齢の某クンが自分より3万円給料が高かったら普通にはおられない。

世の中の「誰か」ではなく、社内・身近な人との格差こそが問題なのだ。倫理的にではなく、理論的にではなく、心情的に。

おそらく格差社会の次に来るのは怨念社会ではないか。

そう考えると、毎年無能者も皆と一緒に昇給する日本型システムも捨てたものではない。
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# by fastska | 2006-10-01 23:14 | 青春記・旅・思想
人生の流儀
 この前、四名の方から「どうやってそんなに活動するパワーがあるのですか?」という質問をいただきました。

 答えは「自分で徹底的にやれることを考え、あとは流れに身を任せる」ということになります。が、それでは抽象的です。

 そこで、「仕事と人生の鉄則」を雑記集の代わりに挙げておきます。こういうものを私は考え、書き、手帳に貼っています。

 この文中の「あなた」とは自分自身に語っているものです。こういうことを考えていれば必ず行動に結びついてゆきます。繰り返し、自分自身に語った鉄則集なのですが。

01 大きな正義をときに疑いなさい。
02 落ち込むのは勝手ですが、その暗さで周囲の人まで暗くしてはいけません。
03 読書の時間を持ちなさい。
04 時間を無駄にすることは止めなさい。
多くの人と会うのはよいですが、無駄なメシを食ってはいけません。
05 あなたが感じたことだけで人を判断するのは止めなさい。
深く話せば、印象は変わってきます。
06 自分がやりたいことよりも、自分がやれることを考えなさい。
07 一年に一つは特技や趣味を増やしなさい。
それが加齢とともに人生を楽しむ方法です。
08 誰かに質問されたときは、真剣に答えなさい。
知識を出し惜しみしてはいけません。
それが相手から多くを得る逆説的な方法です。
09 大きなものを喪失したとき、なぜ喪失したかを深く考えなさい。
それを二度と繰り返さないために。
10 とりあえず一緒に居てくれる人、よりもお互いを尊敬できる人を探しなさい。
11 立派な人になろうとするのは止めなさい。
ただひたすら毎日を真剣に一生懸命生きなさい。
12 人生には何をやってもダメなときがあることを覚えておきなさい。
そして、幸せも突然訪れることも覚えておきなさい。
13 人と一緒にいるときは、相手を笑わせなさい。
14 両親を安心させるために、必ず定期的に近況報告をしなさい。
離れた場所に住むとき、これが最大の親孝行です。
15 死別以外の悲しみは、必ずあなたを成長させてくれると信じなさい。
16 たった1%のことでこれまでの関係を崩すのはやめなさい。
99%の素晴らしい事実を思い出しなさい。
17 誰かの悪口を、その人がいないときに言ってはいけません。
18 あなたが気に入った本を繰り返し読みなさい。
そして、その筆者のやり方が体に染み込むまで実践しなさい。
19 良い結果には、あなたの良い行動があり、
悪い結果には、あなたの悪い行動があると知りなさい。
20 自分が理解できない大きな力を信じなさい。
理屈で理解できることは多くないということを知りなさい。
21 何かの一歩を踏み出そうとしている人を妨げてはいけません。
もし、その人が失敗したら、抱きしめて一緒に泣きなさい。
22 仲の良い友人であっても誤った発言は指摘しなさい。
23 「ありがとうございます」と言うときは心から言いなさい。
24 定期的に一人旅に出なさい。
一人旅はあなた自身を見つめなおす機会を与えます。
25 変わり続けなさい。人間は変わらない、と言う人は変ることはできません。
26 「おかしい」と思ったことは止めなさい。
それが後悔せず生きるために必要です。
27 たとえ傷ついたとしても、意見の相違を話しなさい。
それが皮相的でなく、相手と深く交わる唯一の方法です。
28 貯金をしすぎるぐらいなら、自己をみがくためにお金をつかいなさい。
29 謝るときは、真剣に謝りなさい。
30 相手が話す内容の真の意図を考えなさい。
31 年下の人と話すときは、優しくしなさい。
年上の人と話すときは、敬意を常に持ちなさい。
32 社会を変えようとするよりも、会社を変えようとするよりも、
まず目の前の人を幸せにしなさい。
33 あなたが「正しい」と思ったことだけを話しなさい。
34 あなたの仕事に関わる全ての人が期待している以上のものを提供しなさい。
そして、それを喜んでやりなさい。
人を幸せにする喜びというものが確かに存在します。

 これを気に入った方がおられましたら、ご友人に転送してください。ご紹介下さい。

 そして、そのうちにみなさんだけの「鉄則」が出来上がり、それによってみなさまの人生がより輝きを増しますように。

 そのときは私にその「鉄則」を教えてください。
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# by fastska | 2006-09-25 21:57 | 映画エイガえいが
道徳で責める非道徳者~貸金業規制法の改定を批判する
以前、不良債権の追い込みを生業とする男性を知っていた。

「結局カネなんだよ」

何もかもをカネという基準のみで語るその姿は、軽蔑には値せず、むしろ清々しい印象だった。

銀行や消費者金融が焦げ付かせた借金を不良債権として買い取る。おそらく100万円の借金の踏み倒しを5万円ほどで買い取っていたのだろう。6万円が回収できれば、1万円。50万円を回収できれば、49万円が利益となる。

不良債権の回収には様々な手を使う。もちろん、脱法スレスレのことも。

でも、一番効果的な手は彼らの良心に訴えかけることだ、といっていたことは忘れられない。

「なぁ、○○さん、あなたお金借りたでしょう。借りたものは返さなきゃいけないでしょう。あなたの良心を信じる」と、しつこくやる。本当にしつこくやる。

するとほとんどの人が精神に破綻をきたすか、破綻前にカネを少しずつ返却するのだという。

なんてことだ、と思った。債務者たちが良心を揺り動かすことではない。一見、非道徳的に思われている借金の取り立て屋が道徳的に訴え、多くの人たちが最終的には自身の道徳に縛られることについてだ。

債務者は法律上での金利に縛られ、最後は道徳に縛られる。なんという皮肉だろうか。

こういう記憶を紐解くとき、貸金業規制法の改定というニュースが思い浮かぶ。

ぼくは彼から詳細な話を聞いたことがあるので、貸金業規制法の改定には懐疑的である。細部はニュースを見ていただくとして、これは上限金利を低く抑え債務者への負担を減じようという試みである。

間違いなく、次の結果に終わる。

(1)まともな消費者金融は貸し出しを渋る。金利の高さは債務者のリスクの高さと同等だからである
(2)ヤミ金融に債務者は流れる。まともな法にのっとった金利では貸し出されない人々が逃げるのはそこしかないからだ
(3)そのヤミ金融で借りた人たちの多くが以前よりひどい良心の呵責によって道徳的に責められる

DCFで計算してみればいい。100万円の貸し出しに、20%の金利をつけるということは、100万円/(100%-20%)=125万円であり、例えば5%の金利のときの100万円/(100%-5%)=105万円という現在価値差は、まさにそのリスク差なのである。

そして、そのリスクの破綻は各人の道徳によって清算される。まともな消費者金融のカネのつながりと、心まで侵食されるヤミ金融の台頭とどちらがよいか考えてみればいい。
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# by fastska | 2006-09-16 08:42 | 青春記・旅・思想
斎藤佑樹大学進学を批判する~批判したくはない、夢を持て!
a0022864_23172246.jpg夢、という言葉がある。

なんと美しいコトバだろうか。たいていは、自分が実現できないことについて述べられる。

多くの人は自分のことを差し置いて、夢を求める人、そして実現した人を賞賛してきた。

例えば、夢を求める高校生、球児などはそれにぴったりあてはまるものだ。あるいはケーキ屋を目指す若人でもいい。

しかし、その「夢を求める賛美」は、急に自己の周りとなると声を潜める。つまり、「全くの他人が夢を求めるのはよいが、実際に自分の彼氏や彼女が『夢が捨てられない』と言って、会社を辞め俳優育成校に通い出したとき、それを本気で支えることができるか」という問題だ。

たいていの場合、「そりゃ分かるけど、止めておきなよ」と言ってしまう。そこには「他人だったら羨ましいけど、自分の周りだったら無謀だと止めてしまう」という屈折した感情を伴っているのだ。

違うだろうか。

だからどうしても、「夢を持ってよいのは他人だけ」ということになってしまう。

ぼくは常に夢を持つことを推奨してきた。それは他人に対してのみではない。自分自身も馬鹿げた、だけど本気の夢を持つことをずっとずっと続けている。

それは本当に馬鹿げているだろうか。

斎藤佑樹投手が大学進学を決めたことに対して「一番現実的な選択だ」とまずは褒める報道が続いている。

本気でそう思っているのか。本当は大学など何の役にも立たないことなど知っているはずだ。単に世間への従属性を身に付けるだけだ。

ぼくは、あえてこのような天才はすぐにでも自己の可能性を信じてプロの世界に入って欲しい、と思う。下らない矮小な現実に目もくれずに、どこまでも夢を追い求めるガキな態度を貫いて欲しいと思う。

ぼくは夢想家だろうか。そうでもいい。

今求められているのは、他人への羨望と自己の現実を離さずに、どこまでも自己の欲求を実直に追ってゆく「愚直さ」なのだ。
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# by fastska | 2006-09-11 23:18 | 青春記・旅・思想
金持ち幸せ論を批判する
とある金持ちと話したことがある。

年収5千万円。スーツは地味だが、裏地を見ると超有名ブランドの名前がそこにはある。小物も目立たないながらに、高級さが漂っている。

ぼくはすかさず「それだけカネがあったら満足ですよね?」でも、彼の答えは「そんなことないよ」というものだった。

ぼくは、金持ちの心は満たされない、とかそういうことを言いたいわけじゃない。ではなくて、人間はどこまでも「慣れ」てしまうものではないか、ということ。

ぼくも少しは分かるのだ。少し、だが。

ちょっと前なら連絡もしていないような人たちと連絡をしあう。そして、2年前なら想像もしなかったことをやっている。

だけど--。なんだか分かるのだ。その「普通じゃなさ」に慣れてしまっているのだ。慣れているから、特にすごいとも思わない。なんだか、むしろ退屈で満たされない想いばかりが募ってくる。

これはワガママである。もちろん、そうだ。だけど、その何かが達成された後になぜだか漂う虚無感。これは一体なんだろうか?

そしてそのうちに目の前のこともおそろかにしてしまうのではないか。それだけをぼくは恐れている。

慣れは仕方がない。だけど、その「おそろか」「ないがしろ」ほど恐いものはない。

結婚しているみなさん、相手だけは大切にしましょう。

この気持ち、分かる人いますか?
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# by fastska | 2006-09-10 21:20 | 青春記・旅・思想
屈折した新生児へのオマージュ ~ 「紀子さま」出産報道を批判する
まったく何のつもりだ、と思う。「紀子さま」出産についてだ。

いや、ぼくは紀子様の出産について批判したいわけじゃない。その報道について何のつもりだ、と思っている。

ほとんど全ての報道機関が「紀子さま」と書いていた。なぜ「紀子様」ではないのか。

この「さま」には、「皇室だからって、特別な呼称を付けたくはないんだけど、でも『紀子さん』は問題だしなぁ・・・じゃあせめて、『紀子さま』にしておくか」というマスコミのどうしようもなく優柔不断な姿勢が現れているのだ。

愛子様のときもそうであった。「だって子供に『愛子様』もおかしいから、せめて『愛子さま』にしておくか」という気持ちの現れである。

それにしても、人からの手紙で「山塚さま」とか書かれていたら、おちょくられていると思うぞ、普通。「ワザと敬語を使っているのか」と勘ぐられてもしかたがない。

だはっ。すみません、そこまでは思わないですか。
しかし、それにしてもこういう表現への感度だけは忘れないようにしたいのだ。ぼくは決して右翼でも左翼でもなく、旧来の右派とも左派とも異なる皇室への感情を持っている。が、それにしてもあの表現はない、と思う。

ところで、ぼくはいつも皇室に関わる出産のニュース時には日本共産党の発言を注目している。おそらくぼくだけだろう。

この天皇制に元来反対の政党が、その後継者の誕生にいかなる発言を持って受け入れるかを楽しみにしているのである。

以前皇太子殿下夫婦(あえて夫婦と呼ぶ)の出産の時には、「生命の誕生は等しく喜ばしいものです」という発言であった。すごい。ぼくは思想的には全く相容れぬ日本共産党のファンになった。

そして今回。また、笑えるのかと思っていたら、「元気な赤ちゃんが誕生したことは喜ばしいことです。母子ともに健やかにと願っています」ということだけであった。

なんだか、体性に反論を残しつつそれでもなおなんとか賛辞を述べる、という苦し紛れさがなくなっているのだ。

どうした日本共産党!がんばれ日本共産党!

だはっ。すみません。

でも、赤旗だけは「紀子さん」という表現だった。これだけはラディカルかな。
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# by fastska | 2006-09-07 21:09 | 青春記・旅・思想
目立ちたがり屋資本主義を批判する
本当は単なる道しるべのはずの検索エンジンが「情報を探している人の目的の『情報』をも」変えてしまうというのは興味深いことである。

つまりは、「ある特定のもの」を探しているのにもかかわらず、検索エンジンにひっかかるという「たまたまそこにあるもの」で満足せざるを得ない、という状況のことだ。

例えば、誰かは「杉山清貴」を探していたかもしれないが、「杉山」で検索したときに「杉山登志」が出てきたとき、「杉山清貴」のことなど忘れて「杉山登志」の情報をむさぼり読んでしまうということは十分可能性としてありうるわけである。

今日で言えば、「宮川大輔」「杉山登志」「ほしのあき」「KAT-TUN」「純情きらり」「あいのり」「しょこたん」「亀梨和也」「資生堂」「星野真里」「韓国ドラマ」「東京ディズニーランド」「芸妓」「水曜どうでしょう」「アンガールズ」「BLOOD+」「舞妓」「24時間テレビ」「大沢あかね」「カンブリア宮殿」というキーワードが上位になっているが、これらの単語を使えば全く異なる内容を書いても検索エンジンにひっかかるということがありえるのである。

まさにこれを「情報資本主義から目立ちたがり屋資本主義への転換」といってどんな差支えがあるだろか?これからは、真の情報を持つものよりも目立った奴が勝つという本来倒錯しているシナリオがそこにはある。

これがweb2.0の姿だとしたら、どう思うだろうか?

それともその目立ちたがり屋勝利論が誤りであると証明される日が来るだろうか。ぼくがweb2.0から目が離せないのは、大衆の注目傾向の流れを知りたいからである。
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# by fastska | 2006-08-28 23:14 | 青春記・旅・思想
キチガイと天才と詐欺 ~ 二択議論を批判する
「なんじゃこりゃ!」

友人からメールが送られてきた。「どう思うか教えてくれ」というのであった。その友人も、そのまた友人から送付されたメールなのであるが、「生きていくために心がけておくべきこと」をリスト化しているのだった。

読んでみると、これがすごい。差出人は宗教団体のようにも思えるし、単に真面目な研究会にも思える。

一例を出そう。

「誰かの夢を笑っちゃだめですよ」

うーん。これなんかはなかなかいい。でも、若干首を傾げてしまうものもある。

「キスをするときに、目をつぶらない人は信用してはいけません」

う、うーむ。そうなのか、知らなかった。人生勉強になることばかりである。しかし、次のフレーズには笑った。椅子から転がり落ちそうになった。

「神を信じなさい。かといって、車の鍵はかけなければいけませんよ」

これを書いた人は相当な方だろう。これがユーモアだとしたら、かなりのレベルだ。おそらく、だからこそこの文章が回りまわっているのだろう。

考えるに、「怪しそう」だと思っても、そこから一つでも役に立ったり感動するフレーズがあってはいけないはずはない。キチガイでも天才でも詐欺師でも、なんらかの真実は口にするはずである。

二者選択の思想から「いいとこどり」の思想へ。そう思えば、毎日山のように届く宣伝メールも楽しく思えてくるじゃないか。あの中で楽しそうなものがあれば、読んで何かに応用できるかもしれない。

そんな話。
(ところで私のyahooのメールは毎日400通届くようになってしまい、ほとんど見れていません)
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# by fastska | 2006-08-26 12:49 | 青春記・旅・思想
さっぱり分からないネット音楽批判
米国でタワーレコードが経営破綻した(ちなみにニュースでは「破たん」と書いてあった。間抜けである)。米連邦破産法第11章というもので、チャプターイレブンと一般的に呼ばれている「絶望状況」である。

またしても、iPodなどのネット配信が破綻の原因であるとか、なんたらの解説が吹き荒れている。たしかに、CD販売が低迷しているのは間違いないし、業界自体が不景気なのも事実だ。

ここで二つ書いておこう。

(1) しかし、どうしても「ネット配信」があたかもリアル店舗をつぶした、という論調にはくみできないのである。もし、それが本当であるならば、タワーレコードが時代の流れに乗れなかった、ということでしかない。

webにアクセスすれば、手軽で便利なネット配信が可能だし。店舗のように並ばされることもない。それに、「取り寄せに3週間かかります」などという時代錯誤のコメントを聞くこともない。

要するに便利で単純なのである、webのほうが。「webでは知らなかった音楽と出会えない」という人もいるのだが、知らなかった音楽とwebで出会ったことがたくさんあるぼくとしては、「じゃぁリアル店舗で聞いて、webで買ったら」と言いたくなる。

(2) webでの音楽が充満することによって、アーティストたちに資金が回らず次の文化を創出できない、などという議論がある。これも疑問である。

考えてみるに、資金が潤沢に必要な音楽は「壮大主義の音楽」であり、次世代の文化を担う音楽は常にカネなど無関係のところから出てきた。

金がないのでアイディアが具現化できない、という人はきっと新の芸術家ではないのだろう。間違いなく、アーティスト自分の作品を直売するルートを作り上げればリアル店舗を通すより儲かる。断言してもいい。

加えて、web通販で資金が回らないのはアーティストではなく、CD屋ではないのか。違いますかね。中間業者がないのであれば、安く売られるのは当然である。

(3) リアル店舗でも、お客が入ってきたのに「いらっしゃいませ」も言えず、店の趣味ばかりを一方的に押し付けるところはどんどん潰れて欲しい。「それがいい」と言う人もいるだろうが、単に商売の基本を忘却しているだけである。

「そこでしか手に入らない」商品を置いているだけでふんぞりかえっていた店は、それより遥かレアな商品がwebで3秒で探せるようになった時代には、ご退場願うしかない。

合掌。
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# by fastska | 2006-08-23 20:06 | 音楽オンガクおんがく
清貧主義を批判する
バイヤーをやっていると、相手から提供されるものの価値を査定するばかりで、自分が査定されているという感覚がない。いや、むしろ麻痺しているといってもいいほどだ。

営業マンのことを指して「アイツってどうしようもないよな」とボヤくとき、自分自身のことを同じくボヤかれていることなど想像すらつかない。

だから、私はバイヤーに対して「自分の実力を市場で試してみろ」とアジる。それは、「アジ」とは書いたが、アジるだけじゃない。自分でも試している。自分のバイヤーとして発言する価値がどれくらいか、を。

・・・なんてことは実は前置き。

その「発言する人のメディア」として誕生したBlogに一体いくらの価値がつくのか?それが簡単に分かるとしたら??


My blog is worth $2,822.70.
How much is your blog worth?



実は簡単に分かるwebソフトがあった。上記である。

ちなみに、あるBlogはGoogleのページレベルは4(高いほど良い)であるが、私が個人的にやっているGoogleページレベル3のBlogは4倍ほどの価値であった。でも、あんまたいしたことないな。

一体このアルゴリズムはいかなるもの?よく分からないが、楽しくはある。自分たちの言説にいくらの市場価値がつくのか?それを定量的に(たとえ荒くたって)表現できるのは愉しい。

お試しあれ。
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# by fastska | 2006-08-20 23:24 | 青春記・旅・思想
少子化対策を批判する
神は考えた。

先進国の少子化をどうするか?これまではいかに人を殺すかが途上国では大切ではあったが、先進国ではいかに子供を産ませるかということが大切になってくる。

考えりゃ、30歳の女性の大半がまだ未婚であるような国--例えば日本とか--において、小手先の少子化対策なんて通じるものか。

あまりにも女性の高度教育化が進んだ結果として、自国の経済を悪化させてしまうという皮肉は誰が想像しただろうか。

しかも、それはよく考えれば最善の選択といってもいい。自分の社会進出はできないし、子育ての環境は最悪、金も異常にかかる。なぜ、女性の身体上の問題だけで、子供を育てるなどというメルヘンにどっぷりつかる必要などあるのか--。

「ああ、頭が良くなりすぎやがったんだ。こいつら」、神は感じた。

ちょっと頭が悪くて、目の前のことさえ考えりゃいいんだ。そりゃ、長期的に見て、子供をたくさん作る奴なんているはずない。長期的な細かい計算をしないから、「愛は美しい」んだ。

計算尽くめで生きてきた人生が美しいはずがない。例えそれが正論だったとしても--。神は思った。

「もっとこいつらを長期的な観点ではなく、短期的な観点で、自分以外の対象(子供など)を愛しく思わせる方法はないものか?長期的な経済合理性を剥奪し、目の前の欲望と愛しさに目がくらむような・・・」

神は考え、結果として二つのトレンドを人類の頭に植え付けた。それはブームのように見せて、実は政府の少子化対策など遥かに結果をもたらしつつあるものだった。

その二つは、「萌え」と「『かわいい』の流行」だった。

・・・と神がそう考えたかは知らないが、ぼくは上の二つの事象が遺伝子の逆襲のような気がするのだ。少子化対策が人類そのものから生じてきているとすれば、それはすごいじゃないか。
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# by fastska | 2006-08-10 19:15 | 青春記・旅・思想