緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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earthcream2000@
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(山塚あて)
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滝川クリステルが脱いだ!
というタイトルのスパムメールが届いて、「そりゃそうだよなあ。風呂に入るならば脱ぐしなあ」と思ってすぐに削除する。

こういうことを言うと、すぐに理屈屋だ、という風に言われる。「宝くじを買った人から億万長者が誕生!」というコピーを読んで、「そりゃそうだよなあ。ビジネスで成功した人の中では、宝くじくらい買ったことのある人はいるよなあ」とすぐさま考えてしまうのだから、おそらくぼくの疑い性はかなりのものだろう。

相手が伝えたいことと、自分が理解することは、ほとんどの場合異なっている。コミュニケーションの99%は誤解で成り立っている、というのは非常に興味深い考察だ。

いや、よく思えば、ぼくらは他人に、たとえ恋人であっても理解されたくないのではないだろうか。恋の始まりは「あなたのこともっと教えて」であり、恋の終わりは「もう、あなたのこと分かったわ」という言葉で捨象されるということはかなり示唆的である。

他人から全てのことを分かって欲しくない。そして、自分だって他人のことを全部知りたくはない。分からない、ということが実は明日を生きてみようと思う動機の本質ではないか。
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by fastska | 2007-07-01 23:42 | 性セイせい
脱税バンザイ!
フジテレビの所得申告漏れが発覚した。例の如く、組織ぐるみではなく、個人の仕業だという。ライブドアのとき、架空売上を批判していた、ほぼ全てのTV民法局が過去には同じような虚偽決算の輝かしい実績を持っている。

考えてもみればいい。ライブドアは虚偽の売上を創り上げ、余計に税金を払った。TV局は利益を過小申告し、脱税した。どうも、税金を余計に払う方が、払わないことよりも罪が重いらしい。

報道の大きさで、その罪の大小を測るという狂った世の中にぼくらは住んできた。常にメッセージの発信元のメディアに、全ての思想をコントロールされているというのは、政府の国民操作を描いた「未来世紀ブラジル」や「1984」よりもずっと恐ろしい。

ギャンブルはずっと「儲けるならば賭けるのを止めて胴元になれ」と言われてきた。なるほど、それならばメディアは受けるよりも発信する側にまわれということか。それは、「誰もが15分間有名人になれる」と言ったアンディ・ウォーホールの言葉よろしく、現代にぴったりだ。
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by fastska | 2007-07-01 23:42 | 青春記・旅・思想
新しいことと古いこと
ぼくは、なるべく常に新しいことを書こうと思っている。だから、あえて、古くさい説教のようなことを入れることがある。

ぼくの書籍物の中で、あえて「今回は古くさい説教のようなことを書こう」と思って、そう書いておいたとする。すると、「変わりましたね。昔の方が良かったなあ」という読者メールをもらう。

おそらく、こういうことなのだと思う。「変わり続けなければいけない」と思うことは正しいのだが、きっと変わらない方が読者を拡大させるという意味では有益である、と。

ずっと変わらなくても、読者が飽きるのは予想以上に遅いものだし、それ以前に新たな読者がどんどん参入するからだ。ゆえに、マンネリが批判される一方で、マンネリのアーティストばかりが生き残っているのだ。

ああ、変わらないということは楽で良い。そうすればいいんだな、と思ったこのごろ。
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by fastska | 2007-07-01 23:41 | 青春記・旅・思想
収入と人間の不思議
「カネなんてどうでもいい」
と言ってしまう人ほど、実はカネに汚いことばかりである。ヘンにケチったり。だから、こういうことを平気でいえる人は、鈍感か偽善のかたまりの人なのだろう。

ということで、ぼくはかなりしっかり金銭管理を行っている。それは散財しない、ということではない。いや、むしろ普通の人よりも良く使うし、おごってあげることも多い(と思う)。だからこそ、それをちゃんと補う目標を置いてきたし、そうでなければ毎日のようにAmazonで注文できない。

ところで不思議なこと。
毎月、収入の流れが多様化してきた。まあ、その分増えているということ。
それなのに、日常に戻れば、「うおお、今年の月給ってこのくらいしか増えないのかよ」とか「なんでこんなにガソリン高いんだ」とか「なんでたかってくる奴ばかりなんだ」とか嘆いている。逆に、アフィリエイトで「おっ、今月は3000円も儲かった」なんて喜んだりしている。
その数倍以上の収入を得る手法があることを知り、なんなら転職すれば現在以上の年収が得られることが分かっているくせに。

なんなんでしょうか。これって。
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by fastska | 2007-07-01 23:41 | 青春記・旅・思想
コムスン事件に見る、人々のいやらしさ
コムスン事件が世間をにぎわせている。折口さんのカリスマ性の裏返しで、そのワンマンぶりに批判が集まっている。

私などは、福祉であろうが、介護であろうが、それをビジネスとして成り立たせている以上、成果主義は当然だと思う。それに、その結果利益を得ることが批判の的になるべきでもない。

類稀なる企業家であったことは事実である。別に、「厳しいノルマが課せられていた」ということは驚くべきでもなく、そんなことに驚いているとは、驚く人の想像力の欠如に、逆に驚いてしまった。

成果主義の徹底や、その利益で私腹を肥やしていた、という事実と、虚偽申請により利益を不当に得ていた、という事実は別に議論されるべきなのだ。規定時間に達していないのに、規定時間分を申請することは、紛れもない不正である。しかし、それと、利益主義は別物なのである。

そんなに利益主義のコムスンが嫌であれば、そもそも介護をお願いせねば良かったではないか、とまで突き放つ気はない。だが、どんな世の中も、薄利だけではやっていられないことも、どうしようもない事実なのだ。

こういう事件になると、必ず「元社員」なる人が出てきて、いかに内部が酷かったかを告白することがある。私は、つい「この人は内部にいるときに、その窮状と闘ったのだろうか」と問いたくなる。自分が、その「最低な組織」にいて不正の一助となったことを免れた気でいるのではないだろうな、と。組織を出た瞬間に、自分のことを棚に置いてしまう精神性を持つことがどうしても信じられないでいる。
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by fastska | 2007-07-01 23:40 | 青春記・旅・思想
モテる男
モテる男の定義。

1.清潔なこと
2.顔が良いこと
3.一緒に居て不快にならないほど、さっぱりした性格であること

と思いつき、メモを重ねる。
こういうことやっているから、本の執筆が遅れ、もう一冊の英語本ができないでいるのか。

おそらくこれまでの恋愛論の決定的な欠点で、2.を明確に書いてこなかったことだ。何が「面白い人がモテる」だ。どう考えても、みもふたもない結論だが、2.が重要ではないか。

外見なんてどうでも良いよね、とまで言ってしまう人には、「周囲からどう思われても良いなら、それは動物と一緒だ」と反論しておく。

あっ、あんまり書くと、「お前はどれにもあてはまっていないじゃないか」と女性から言われそうなのでやめておこうっと。
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by fastska | 2007-07-01 23:40 | 性セイせい
みんなの間違い
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という一文。

さて、一番最初の「国境」ってなんと読みますか。ぼくはずっと、「くにざかい」だと思っていた。「こっきょう」は、統治政府の異なる国どうしの境目のはずだからだ。

しかし、齋藤孝『声に出して読みたい日本語』の初版版では「こっきょう」となっているではないか!しかも、それ以降の版では「くにざかい」になっている!どっちだ。

ある本では、やっぱり「こっきょう」。でも、「お前さんのクニはどこだい?」ってな感じで、故郷を指すときの「クニ」があるでしょう。その境目だから、「くにざかい」ではないかと思うのであるが、どうかな。

そういえば、ぼくは藤子不二雄の「まんが道」を「まんがみち」と読んでいたのだが、これって「まんがどう」なのかしら?

誰か教えて。
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by fastska | 2007-07-01 23:39 | 青春記・旅・思想
ぼくらに「いつか、きっと」は無い
本を出してからというもの、「私もあの分野に関する本を出したいんですよ」という三名に出会った。

そして、「ああ、なるほど。じゃあどういうものを書いたんですか」と訊くと、「いや、まだ書いていないが、いつかきっと書いてみたいと思っていて」と言う。

確信を持って言うが、こういう場合は必ず口先だけで終わる。何かを発信したい人は、たくさんいる。ただ、いるだけなのだ。

でも、発信せざるを得ないほど内に秘めたるものを抱えてしまった人は、誰が止めようとも勝手に創作しているものだ。これは文章だけではなく、音楽でも何でもそうだ。

会社を作りたい、という人に「じゃあプランを見せて」と言っても答えはほとんど出てこない。本気で会社を作りたいのであれば、まず書式を集めるべきだ。それは真剣にやれば数日で済む(経験談)。

ぼくらに、「いつか、きっと」は無い。発信したければ、自分というものを世に訴えたければ、いますぐに動くしかない。何かのチャンスがあったときに、「見てください」と言える作品をすぐにでも作るしかない。それさえしなければ、可能性はゼロでしかありえない。

寝る時間があるのであれば、なぜ作り始めないのだろうか。
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by fastska | 2007-07-01 23:38 | 青春記・旅・思想
夢を託す、という卑しさ
これも、非常に反感を抱かれそうだから、あえて書いておこう。

これまで、(多少はぼくが行動する人間だからか)よく「今度はこういうことやってくださいよ」と言われることが多かった。

「次はこういうことやってくださいよ」「次はこういうこと書いてくださいよ」「次はこういう企画してくださいよ」とかだ。

しかし、そういう人が次に「じゃあ、自分でやったら」というツッコミを受けて、「わかりました。あなたがやらないのであれば、私がやりましょう」という答えをするかというと、その例は一回もない。それ以降の反応は、ぼくへの卑しき眼差しか、負け犬の腐った遠吠えのような「私がやるのではなくて、あなたにやってほしいと言っている」という訳の分からないコメントだ。

夢を託す、ということはどこか美化されて言われてきたきらいがある。それは多くの場合、自分ができないことのスケープゴートとして活用されてきた。ときには年齢のせいにしたり、立場の違いのせいにしたり。でも、そういうことは本当は関係がない。ほとんど。

しかし、こういう人がいるからこそ、「動いていれば成功する」という言葉があるのだな。
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by fastska | 2007-07-01 23:38 | 青春記・旅・思想
本への反論
とても重要なことなので、読んで欲しい。

ぼくは本を出した。運の良いことに、それなりに売れているから感想を毎日のようにいただく。

そこで、分かったことがある。いただく内容は、もちろん批判がたくさんある。面白いのは、その批判が「そこは、こういう解釈があることを知っていますか」というものだけなのだ。「ある本ではこう言っている」「Webで調べたらこう言っている」「歴史的にいうと、こういうことではないか」というもの。

しかし、批判が全くこない箇所がいくつもある。それは、全てぼくが考えて勝手に「こういう理論だ」と定義づけした箇所だ。どうやら人は、初めて見る理論には、批判すら持ち得ないらしい。例えば、法律とか、これまで良く言われている理論については批判が届きやすいものの、これまで理論立てられていないところは、勝手に法則・理論を見つけて披瀝しても誰にも批判はされないものらしい。

これはかなりの発見だった。人々は、おそらく、自分が慣れ親しんだ理屈には間違い探しをしがちなものの、全く考えたこともない理屈に関しては疑問すら持てないらしい。おそらく、そこまで自分の頭で一から批判の理論を組み立てることのできる人は稀だからだろう。

ということは、誰でも自分なりの理論を創り上げて公表した奴が勝ちだ、ということになる。実際そうだ。こういうことは前から分かっていたけれど、出版して大きな対象にアピールしたあとでは、かなりの実感となった。

ぼくは、人と議論をしているとき、「そんなこと言うけれど、世の中の常識はこうだよ」と反論されることがある。そんなときは「ああ、そういうことは知りませんでした。だけど、自分で考えて一番正しいことを言っているので、とくにそういうことを知る必要もないでしょう」と語る。誰も考えていないフレームワークで、自分の理屈を語れば誰も反論できる人はいない。

世の中の「頭の良い人」とは、せいぜいそのレベルらしい。
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by fastska | 2007-07-01 23:37 | 青春記・旅・思想