緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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(山塚あて)
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最近の年寄りは礼儀がなっていない
今日も出版社へ原稿の最終ゲラを送付する。まるで作家みたいだ。でも、作家では断じてない。

最近、こういうことをやっているからか様々な年代の人たちと触れ合うことが以前に増して多い。そこで目に付くのが、老年者のマナーの悪さだ。平気で人の話を遮る。仕事が遅れても謝らない。人の邪魔をしても、それが自分の流儀だと言い張る。公共の場で騒がしい。

かつては、「最近の若者はなっとらん」という発言に、同じ若者の立場から賛同したぼくだけれど、どう見ても客観的には年寄りのほうが「なっとらん」。

若者は、言いたいことも言えずにモジモジしている人ばかりで大変奥ゆかしい。それに対して、年寄りは平気で大声で電車の中で話すし、並んでいる列も守らない。

結論じみたことを言うつもりはないが、これからは「年寄りがいかに役に立たないか」が明確化してしまう哀しい時代ではないか。かつて情報に不平等があった時代は、それなりに年寄りに「伝承」という役割があった。しかし、それが今ではもうない。そこには、「若者よりも騒がしい老害」がただあるだけだ。

加齢することは簡単だ。だけど、加齢とともに、その重みだけ自分の重みを増すことは大変難しい。
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by fastska | 2007-03-28 23:02 | 青春記・旅・思想
自分探しのパラダイス
土曜日も出版社で次の書籍の打ち合わせ。

ところで、本を出すことになってから、周囲の反応で面白いものがあった。それは「いいですねえ、私もいつか自分のことを書いてみたい」とか「自分の意見をたくさんの人に届けられて良いですね」とかいうものだ。

ここには誤解があるようだ。正直いって、これは「ビジネス」である。だから、「自分のこと」とか「自分の意見」とかは書く必要がない。いや、もちろん、それはぼくも書いている。だが、読者が面白い(そして、それ以前に編集者が面白い)と思ってくれるように書く。自分が本当にそう思っているかどうかは関係がない。読者や編集者にとって新しいもの、と思われるように、読んでいて愉しいと思われるように、書く。これが前提だ。

こんなことを書くと、拒否反応を示す人がいる。「書籍」とは、まだどこか自分の生きてきた証明かのように感じる人がいるらしい。でも、繰り返しだが、これはビジネスである。凡庸な自分の意見を書きたいように書くのではない。愉しませるように、エンターテイメントとして書くのが基本である。

そこには、「自分探し」などという甘ったれたものはない。最近、仕事を通じてまで自分探しをしようとする奴がいるが、それ以前にビジネスとして成り立たせるようにしたほうがずっといい。そういうことだけ意識していた方がずっといい仕事ができる。

これまでの名作とは、「読者にウケるもの」を第一に狙ったかものでありながら、その制約の中で自己の思想を好き勝手に書いていると思わせるものである。それは、真の好き勝手ではない。それでは買ってくれる人などいるものか。

ということで校正作業に戻る私。
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by fastska | 2007-03-28 23:02 | 青春記・旅・思想
やれないことは、ない、多分
多くの人が「こうやりたい」と願うことと、「実際にやる」ということの間にギャップがあることは、いつも驚かされる。

どうもこの辺がぼくがズレているところらしいのだ。

あるとき、ぼくは「外国で本を出したい」と思った。英語で。だから、ぼくはすぐにAmazon.comに英文でその旨を送った。そうしたら、すぐに出版できることになった。シルクロードを歩きたい、と思ったらすぐに友人と旅行にいく予約をした。ある社長とお会いしたいと思ったので、すぐに連絡した。お会いでき、実は(なんと)4冊目の出版が決まりそうである。

ということを書くと、ある種の人には自慢に聞こえてしまうらしい。わはは。以前の日記(「すごくないのに「すごい人」と呼ばれる人」)を読んだ人から、「いやらしい」という感想をもらった。ここで、「自慢ではない」と書いても無意味だろうから止めておく(と言いながらそう書いている)。わはは。

ただ、よく分からないのは、「やりたい」と思っているなら、すぐに実行に移せばよい、という簡単なことにすぎない。多くの人と話していて、「いつかこんなことやりたいんですよね」という内容のほとんどは、すぐにやってみれば実現可能なことばかりだ。「いつかこういう仕事をしてみたい」と言う人はなぜすぐにその業界にアクセスしないのか。知り合いがいなくても、会社の代表メールアドレスくらいHP見れば分かるのに。どうもここら辺がぼくのズレているところらしい(繰り返しだが)。

たまに、「忙しいので、なかなか」と言う人がいる。メールを打つのは5分で済む。ということを言っても、その人はやろうとしない。おそらく、人間には生まれたときから、ある種のエネルギィが規定されているだろう。できない人は、いつまで経ってもしない。それはそれで良き人生を送っていただければよいから、否定はしない。

人生に必要なのは、能力でもスキルでも、経験豊かな見識でもなく、単に「やりたいことを試しにやってみる」という無神経さではないか。
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by fastska | 2007-03-21 23:23 | 青春記・旅・思想
ぼくらの共通喪失物語
ぼくらは共通の喪失体験を持っている。

学生時代に見た空。これが永遠に続くと、ずっと思っていた。あのころには全てがあった。友人と楽器と恋人と、見知らぬ土地、果てのない書籍。それらの奥深さと未知の世界を知りたいと思った。それらの全てが抗しがたい輝きと圧倒さを持っていた。

就職して見たのは、努力しても報われない現実だった。どうやっても、会社の全体業績は上がらず、日本はどん底にいた。もう回復することすらないと言われた。ジャパンバッシングは通り過ぎ、日本など相手にせず、という世界の風潮があった。

ぼくらは共通の喪失体験を持っている。

しかし、ぼくらはただ若い、という事実のみで前に進む無能さに満ちていた。自分の可能性を信じ、全てを吸収し、自己を奮い立たせ、見るもの聞くものが新鮮だった。ときには多くで集まって笑い、悲しみ、社会の事件をまるで自分の一大事のことのように論じる無意味さに満ちていた。しかし、その果てにあったのは、経済の繁栄なき停滞感であり、そこには老年者を疲れさせる虚無感に満ちていた。

ぼくらは共通の喪失体験を持っている。

今、日本経済が復活した、と言われる。しかし、ぼくらが経験しているのは、歴史が語るバブル時のような煌びやかさも可憐さもない、実感のない数字上だけの成長だけだ。この点では、明らかにバブルを通過した世代と乖離している実感しかない。ぼくらは、実感のある「停滞感」と、実感のない「躍動感」だけを胸に秘めている。

ぼくらは共通の喪失体験を持っている。

ぼくは世代論を語るのは好きではない。ぼくが好きなことは、一人のときにふと眺めた空だけだ。

ぼくは思い返すのだろうか。この空をかけがえのない思い出として。そして、そのときのみが輝いていたように。

そして、あのとき、この空がずっと続くと思っていたころのように。
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by fastska | 2007-03-19 22:19 | 青春記・旅・思想
すごくないのに「すごい人」と呼ばれる人
自分の経験から。通常であれば、「4ヶ月かかるだろう」と言われていた書籍の執筆を、「いや、200ページなら1ヵ月半でしょう」と宣言し、本当にその通り送付したら編集者に驚かれた。子供の頃、「これを覚えろ」と言われたことを、全て覚えていったらテストで満点になり、それを続けるうちに「頭がいいな」と言われた。大学生の1年生のとき、大学院に行こうと思って教授に相談し、「読んだ本のレポートを出しなさい」と言われ、出し続けていたら、「そんなことができるなら大学院に行く必要はない」と言われた。社会人になったとき、「仕事の基礎」がなんなのかを教えられ、必死に1年で全て覚えて一人で仕事をこなしていたら「仕事ができる奴だな」と言われた。

思うに、世間で言われる「すごい奴」とはこの程度をやっているにすぎない。「こういうことやんなきゃね」と一般的に言われていることを単にやっているだけなのだ。これが「すごい」とは、すごさも甘く見られたものである。

ぼくの見た本当に「すごい人」とは、そんなんじゃない。普通の人間に見えて、会話の端々に出てくる、あまりにも些細な一言の切れ具合が恐ろしい。どうやってそんな言葉を拾ってきたのだろう、しかも無意識に、と驚愕させられる。その分析能力にも通常の人は気付くことはないけれど、深く、そして本質をえぐっている。それはまさに、その人の蓄積的人生をかけた営みの果てにしかありえないものだ。でも、それをさらっとやる。しかも何回も。ああ、そういう人に会ったときの恐さといったら。

語り口は優しいものの、その一言一言が自分を試しているような、そんな逆説に満ちている。「お前が通ってきた道はどんなものだ。それは、俺のこれまでの人生に勝っているのか」という問いを投げかけられているような、そんな圧倒さを持っている。

分かる人いますかね。
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by fastska | 2007-03-18 22:37 | 青春記・旅・思想
感情裁判国家の華やかなる幕開け
土曜日、取材。日曜日、出版社からの宿題をこなす。それにしても、ぼくの家の周りには良き喫茶店がない。良き喫茶店があれば生産性はどれだけ上がるだろう。そして、ヒマなうちに美容室へ。あまりに、少年っぽくなってしまって、これはいけない。そして、自己への宿題の読書を4冊。

それにしても、ホリエモンの裁判の感想は笑ってしまう。「反省の色がない」という主張ばかり。それは、どこまでいっても主観である。客観としての事実をとらえようとせず、態度だけ、感情だけで裁いてしまった事実を、「あの態度じゃ監獄行きだわ」という大衆のコメントで正当化する愚かさ。こんな国で個性など育つものか。

誰か、ホリエモンの罪の重さと違法性をまともに論じることができる人はいるのか。それを、かつてテレビ局がやったような粉飾決算との本質的な違いを感情抜きで説明できる人はいるのか。

これまで日本は嫉妬社会--しょうもない大人ばかりの社会--と言ってきたが、そうではないようだ。司法までそれに加担してしまう。これは、まさに感情裁判国家の華やかなる幕開けと言ってよいだろう。おめでとう。
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by fastska | 2007-03-18 22:09 | 青春記・旅・思想
NHK議論を批判する~NHK受信料支払拒否をゼロにする方法
NHKの議論が盛んだ。

なんでもその議論では、「受信料の支払い義務を法定化する代わりに、受信料を2割下げろ」という総務相に対して、NHKは「受信料の下げは絶対に無理だ。このままで受信者に賛同を得られるようにしてゆく」と反論している、といわれる。

この議論は的を射ていないものである。

なぜなら、受信料支払いの拒否者を0%にする方法がもっと簡単であるからだ。

そもそもNHKが「受信料は下げられない」というとき、そこには財政の厳しさと、その対価相当の番組を作成しているという自負がある。

ならば、受信料を2割下げなくても、NHKの受信を望む契約者のみに配信する方式を開発すればよい。受信機を配布したとしても、まちがいなく、2割下げるよりも「安く」あがる。しかも、クレジット方式にすれば支払いの防止もほぼ防げる。

考えても見れば、頼んでいないものを送りつけ、あとで自宅に押しかけ恫喝する通販業者がいたら、あなたはどうするだろうか。そこには自由契約の精神のカケラもない。NHKはこの例のままだ、とまでは言わないまでも、根本的に異なるところは何だろうか。分からない。

教育番組などがあるから、少数の視聴者に対するものであっても国民全体が負担すべきだ、という人はおそらくネットを通じて学ぶ人口の爆発的増加とその安価さなど知りもしないのだろう。
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by fastska | 2007-03-03 15:21 | 青春記・旅・思想