緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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earthcream2000@
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(山塚あて)
*すみません、昨年からずっと最近メールが1万通きていて、見切れていません。メール返信必要な場合はblogに書き込んでいただけると幸いです。

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差別を徹底的に批判する~超差別反対主義
差別はいけないのである。

それに気付いたのは会社に入社したときのことだった。

ぼくは取引先との電話を切った後、思わず「バカかよ」と言ってしまったのだ。

そのとき、当時の課長は「バカ、なんてコトバは止めなさい」と教えてくれたのである。

だから、ぼくはそのとき以来、バカというコトバの代わりに「頭の不自由な人」という表現にしたのである。

つくづく人生は良き師と出会うものである。

その後、「頭の不自由な人」という表現を使っていたときに「そんなコトバお使いになりなさんな」とアドバイスをいただいたのだ。尊敬する方からである。

ぼくはそのとき子供にも分かる表現を使ったにもかかわらず、相手が分かってくれなかったのだ。よって、その日以来、理解力がないのは、その人のせいではなく、環境のせいであることに気付いたのだ。

それ以降ぼくは、「頭の不自由な人」の代わりに「両親の教育的配慮を授からなかった哀れな御霊」と呼ぶのである。全ては教育に問題があるからである。だからぼくはこの哀れな御霊を量産する「ゆとり教育」に反対なのである。

ぼくは同じように「ブス」と言ってしまっていたが、誤りであり、差別的であることに気付いたのだ。

差別はいけないのだ。それは魂を汚すのである。

最初は「顔の不自由な人」と呼んでいたぼくも、「醜いDNAを不運にも授かってしまった御霊」と呼ばねばならないのである。

差別はいけないのだ。

いけないのだ。

その「個」ではなく、社会が悪いのである。

だはっ
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by fastska | 2006-05-29 23:03 | 性セイせい
恋愛幻想を批判する~女性の結婚相手の探し方
以前、アメリカ人女性が初婚にいたるまでのキスの体験人数が平均96人ということを知って卒倒しそうになったことがある。

いや、10人だったらよいとか、5人以内に抑えろとか、そういうわけではなくて、96人という数に自分が圧倒されてしまったのだ。

さらに結婚カップルの二組に一組が離婚し、さらに死別したあとも70歳で再婚がありうるアメリカ社会においては、ぼくなどの感覚など通用しないかもしれぬ。

96人が交際人数ではないにせよ、比例関係はあると思う。

では、その96人の果てに辿りつくのが、96人中ベストの男性なのか--、とこう問うてみるとかなり絶望的にならざるを得ない。96番目に出会った男性がたまたまベストである可能性は統計上の計算を待つまでもなく、ほとんどないからである。

しかし同時に、その次に会う男性がよりベターかというと、それも絶対に証明することはできない。この「証明できなさ」こそが、恋愛の本質である。

不確実性の中で自己に最も合った男性を選ぶとき、それは一種の思い込みを必要とする。「この人と一緒にいたい」というとき、その男性よりもふさわしい人は原理上「あってはならない」。本当はもっとふさわしい人がいても、その存在を信じてはいけないという思い込みが必要となってくる。

よって、せめて長く一緒にいることができるか、という尺度で相手との相性を見る、という現実的な尺度を持っておくべきだろう。

私見だが、相手とずっと一緒にいれる期間は、二人の笑いの数に比例し、二人のモテ度のギャップに反比例する。
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by fastska | 2006-05-27 10:57 | 青春記・旅・思想
サイバーエージェントを批判する~好きがゆえに、あえて
なんだこれは!

と怒っている人は何人くらいいるだろうか?

サイバーエージェントが運営しているamebloのことだ。エキサイトのBlogもYahoo!のBlogもライブドアのBlogも、ここまでヒドくない。

いついっても「ただいま込み合っております。再度アクセス下さい」と表示されるのだ。

そう思うと、いかにライブドアは偉大だっただろうか?前社長逮捕のときにも、あの異常なアクセス数にも負けずにサーバーが落ちることは一度もなかった。

これは正直すごい。だけど、そのことをホメてあげた人はいない。ぼくはその事実だけでライブドアの社員は信頼できる、と思う。少しアクセスにかかる時間が長くなったくらいだ。

こういう細かいところに気付かずに、なぜみな大きな誤解を垂れ流して平気なのだろうか。言っておくが、技術は細部こそ宿る。例外はない。こういうことは言論界には存在しない理系の知が役に立つ。

話を戻すが、amebloはひどい。

最近この会社が技術者を多量に募集していたが、それ以前にカネは出すときに出せ、と言わねばならない。

人が集まらないとき、様々な要因を経営者は述べるが、そのほとんどの理由は「相当の年収を保障していないことにある」と断言しておこう。
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by fastska | 2006-05-26 00:14 | 青春記・旅・思想
保守言論を批判する ~ クソガキが死ぬ!
「国家の品格」という、頭に品格のある数学者が書いた本がベストセラーになっている。

おそろしく反動的な内容であり、その主張に一つのブレもない。その反動性に惹かれた中年男性が当書を買っていく背景はよく分かる。

かなり極端にまとめると、この本は日本に巣食う個人主義を、公という概念で抑圧しようとするものであり、小林よしのりの「戦争論」から繰り返された保守言論となんら変わるところはない。

ぼくはこの本を否定しない。むしろ、典型的なプロパガンダ本としてある意味尊敬すらしている。

しかし、ここで覚えておかねばならないのはサイードの「ナショナリズムは、元々あるのではない。グローバリズムの広がりとともに『もともとあったもの』として捏造されるのだ」というセリフである。

思うに、そこにナショナリズム(=愛国主義)がそもそも存在すれば、改めて言う必要もないのであり、言う必要があるということそれ自体がナショナリズムが既に力を持ち得ないという証拠である。

この逆説を認めよ。

では、逆にその批判対象--日本に巣食う個人主義--象徴として言えば、電車で暴れるクソガキ、それを注意もしない親たちをいかに批判すべきなのか。

もちろん、「公」の概念など出しても無効なのは自明である。ここは、公に従うことが、むしろ個人主義の利益に合致する、という逆説を述べなければならないのだ。

では、どう言うか。考えた結果はこれだ。

「クソガキを黙らせなさい。そう、そこのクソガキも黙りなさい。黙っていないと、周りが『クソガキ死ね』って念じます。心の中で念じます。今、『想いは実現する』っていうコトバ流行っているでしょう。そう、想いは実現するんです。周りが『クソガキ死ね』っていう想いを抱いていたら、その想いは実現します。クソガキは死ぬんです。怨念を背負うんです。だって想いは実現するんだから。よって、黙っておく方がクソガキのためなんです。クソガキのためなんです!」

どうだろうか。
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by fastska | 2006-05-22 21:21 | 青春記・旅・思想
過去だけに生きる姿を批判する ~ あなたがそばにいてほしい
この感動がどこからくるのか考えてみた。

http://blog30.fc2.com/y/yonehan/file/final_dora.html

なんだろうか、この読後の妙な黄昏は。

おそらくこの日本においても
・立身出世物語はまだ生きている
・思い出を共有してくれるパートナーがそばにいて欲しい
・大きな物語が必要とされている
ということを分かりやすく説明してくれている気がします。

ぼくらには思い出を共有してくれるパートナーがそばにいるだろうか。

おそらく、彼氏彼女、夫妻の関係においても、過去の記憶が重要となってくる。これまでの楽しい思い出を共有してくれるパートナーを人間はずっと探す運命にある。

映画ブレードランナーは「記憶こそがアイデンティティである」とした画期的な近代思想表現であった。ぼくは、この考えに賛同はしないが、理解はできる。

ねぇ、一緒に笑ったときをもう一度。

その願望が、過去という戻りえない事象に対することであるからこそ、それが逆説的に生きる力になり、将来への想いへとつながることがある。

過去の楽しい思い出ばかりを蒸し返すことはよくない。だが、そのような逆説的に生じる力であれば、有益になるのかもしれない。

いや、もはやぼくにはそれ以外の可能性など信じることはできない。
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by fastska | 2006-05-20 06:52 | 青春記・旅・思想
言論異論 ~ 言動一致主義を批判する
「ウソつきだったのか?」

そう思ったことがよくあった。言説が発されるとき、その発される主体と主張があまりに乖離していることを見たときだ。

ぼくは、転職斡旋業に関わりながら、自分自身のキャリアについてウジウジ悩んでいる人を見てきた。倫理を世に問いながら、ご自身は腐敗と汚職にまみれている人を見てきた。どんな高尚な理想を掲げている経営者でも、裏では従業員からとんでもない経営者と呼ばれていたり。

彼らは莫迦(ばか)と呼ばれるのだろうか。あるいは矛盾者として無視すべきものなのか?

中には「偉そうなこと本の中では書いているけれど、実際は悩みの中で生きているんだ」とおっしゃった著者の方もいる。

言動一致主義--とでもいうのだろうか。そういうものが正しく、「あるべき」と考えていたぼくにとっては、このような言論と実際が異なるところに常に複雑な感情を持ってきた。

しかし、である。あれは社会人2年目くらいのことだっただろうか?寺山修司の名著「寺山修司から高校生へ―時速100キロの人生相談 」を読み返してみた。すると、最初に読んだ高校生のときには気にもしなかったコトバが印象に残る。

寺山修司はこの本の中で、前述のぼくのような疑問に答えて、「そんなこと知るかよ。少なくとも、偽善であっても、ウソであっても、その人の言葉が誰かに感動を与え、一歩を踏み出させるきっかけになることは忘れない方がいい(大意)」と言っている。

なるほど!ウソでも、偽善でも、他者に感動を与える可能性はあるのだ。もちろんこれは、言動不一致を賞賛するものではない。

むしろ、コトバの魔力によって、発した主体の意図を遥かに超えて受け手が感動せざるをえない逆説的な奇跡を寺山修司は感じ取っているのだ。

そして、もっといえば、ある人が現実と離れた理想論を語るとき、それはそのコトバが求められている背景がある。市場から求められない妄想など、流布し続けるものか。

ねぇ、みなさん、もっと恥かしげもなく理想と大義を語ろう。
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by fastska | 2006-05-14 15:55 | 青春記・旅・思想
「結婚か仕事か」を批判する ~1978年のピンボール
a0022864_8154537.jpg1978年生まれのピンボールは、色々なところにぶつかったあと、ついに女性は初回結婚平均年齢となった。

つまり、1978年生まれの女性はついに一周して、次の世代を産んでもおかしくない年齢になったということである(2003年の調査では、初婚男性29.4歳 女性27.6歳である)。

ぼくは世代論は嫌いなので、「この世代ってこうだよね」という話はしたくないので止めておく。だけど、他者の年齢のことは気にしている。何かでテレビに出た人がいるとして--その人が同年齢だったら何か妙な感覚にとらわれることはある。

女性がちょうど初婚年齢ということは、
(1)自分が世に出るのを選択するか
(2)他者(子供)を世に出すことを選択するのか
の分岐点に立っているからだ。

そういえば--と思う。ある女性雑誌を読んでいたら、「活躍する女性たち」という特集があった。雑誌の編集者から、スーパーセールスマンまで華々しいビジネスパーソンが載っていたが、一人を除いて全員独身だったことだ。

結婚か仕事か?その選択肢は常に女性につきまとってきた。その二項対立の元でいくつもの議論が生じてきた。

しかし、と思う。本当はこう叫びたかったのではないか。「結婚も仕事も!」と。

1978年のピンボールは、ぶつかりあった末に第三の道を創造するときがきたのではないか。それは仕事と結婚(家庭)の不毛な二項対立を超え、これまでの女性たちが一般的に成し遂げ得なかった次のステージに上がる試みを開始することだ。

その二項対立の醜さと素晴らしさを逆説的に体現していた女性たち(母親)に花束を。

母の日はこれからそのように解釈されねばならない。
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by fastska | 2006-05-13 08:12 | 青春記・旅・思想
「会社は分かってくれない」を批判する ~ すごい仕事のやり方
本日、会社で各人の業績確認の個人面接。

おそらく今回も最高評価を受けることができそうだ。

「会社がわかってくれない」と嘆く人は、冷たく言えば会社が求めるものを単に提供できていない可能性があることくらいは認識しておいた方がいいだろう。

相手が求めるものを提供するのがプロだからだ。だから、そこには「会社がわからない」ではなく、「自分がわかっていない」可能性が高い。

「自分はわかっている」が「会社がわかってくれない」とき、それは
(1).自分の自己評価が高すぎる
(2).上司が莫迦(ばか)である
可能性がある。多くの場合は(1)である。

会社に理解力を求めてはいけない。そもそも会社は一人の個人がいなくなってもまわり続ける優秀体だから、せめて「分かってくれる」ように圧倒的なパフォーマンスを見せつけるしかない。

ヘンな理解を求めるのではなく、給料のUPを求めた方がずっと気持ちいい。

ところで、最近下記のようなことがあった。

・占い師から突然メールがあり、「あなたの文章には霊が宿っている」とのこと。
・中国まで講演に来てくれといわれた。
・キチガイから「あなたのせい(おかげ?)で会社を辞めれそうです」という感謝(?)の異常に異常に長いメールが届いた。

全て読者からだった。

なんでしょう。これは。
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by fastska | 2006-05-13 08:11 | 青春記・旅・思想
結婚できない症候群を批判する~本当に選びたいもの
昔からだが、カップルと会うたびにこういう質問を投げかける。

「ところで、いつ結婚するの?」

よく思えば、ぼくも同じような質問を投げかけられた記憶が多くある。

そのように、ぼくが投げかけたときに--。ちょっと微妙な変化を感じていたのだった。

あくまでも記憶であるが、二十歳くらいのころは女性の方が「う~ん。近いうちかなぁ?タイミングしだいだね」と言って、笑いながら男性の方の顔を見ていた。

それが二十代後半になるとどうだろうか?こういう光景を見る。男性の方が「いや、すぐしたいんだけれど」と笑いながら言い、女性の方が「えっそうなんだ~」とかわす。

もちろん、これが一般的な例だとは言わない。だけど、こういう光景を見てきた。

昨今、女性雑誌で「結婚できない女性たち」とか「一人で楽しく暮らす」とか「マンションを買って資産形成」とかいう記事を見る。

ぼくは、こういう記事を見るたびに、本当にこういう女性たちは結婚できないのか?と思ってしまう。

これまでの人生を振り返ってみるに、結婚したいと希望してくれた男性はいたのではないだろうか?彼らを自らの意思で断ってしまったのではないだろうか?

決断、というのはどうしても一つ「捨てること」が望まれる。そして、違う一つを「得る」。それで、一つを捨てられないために、大きな何かを得ることができなければさびしいじゃないか。

とはいえ、これらの女性らに「結婚しよう」と言わせられない男性の責任ですね。すみません、反省とともに、精進しましょう。>MEN unmarried
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by fastska | 2006-05-07 11:52 | 青春記・旅・思想
拝金主義を批判する~カネが全てではない、きっと。いや、多分。いや、かもしれない。
以前、ある紳士に出会ったことがある。

ぼくと一歳しか違わなかったが、とある金融機関(通常の銀行員がしない仕事をする、という意味)に勤めている関係上、非常にカネのまわりがよかった。

「○○クン(ぼくの名前)も、いつしか、結局はカネしかないと分かるときがくるさ」と語っていた。

正直、羨ましかった。

一回の国内旅行に40万円を使った話もしてくれた。そのときの彼の彼女は、ぼくが偏見を持って見るに、彼の経済力を求めていたようだった。これは、おそらく、だ。

だが、不思議なことに幸福そうには見えなかった。これも、おそらく、だ。

彼は彼女以外の女性にも、カネを使っていたのは明らかだった。でも、そう語る姿は哀しそうに思えた。

それは、心から女性から「その男性の存在」を認めてもらえていないからではないか、とありきたりな結論に落ち着かざるを得なかった。

おそらく、人間の幸福の軸が、周りの人々によって、ブレてしまう理由がここにある。

誰かに必要とされている、という感覚なしでは人は生きていくことができない。ボランティアにはまる学生も、公の利益を目指し公務員を目指す人間も、世の中からの承認を得たくてリストカットを繰り返す人間も、必要以上の成功を目指す人間も、元は同じだ。

さびしい人たちだ--、そう言いたければ言え。

他人からの受容は人間にとって、最も近いブラックホールだ。日中のドロドロとしたしがらみと嫉妬と権力に疲れた人間たちが癒しを求めて、このブラックホールに吸い込まれていく。誘蛾灯のような怪しい光を放つこの遊戯場は、可憐な恋人たちが抗しがたい魅力を放っている。

それは、薄暗い取引に疲れたものたちへの魔性の誘いだ。

みなさん、大切な人に、あえて「あなたがいてくれてよかった」といってみませんか。

そういえば、母の日も近いじゃないか。
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by fastska | 2006-05-06 21:59 | 青春記・旅・思想