緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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(山塚あて)
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日本映画を批判する~生まれいずる悩み
a0022864_0203666.jpg韓国映画「タイフーン TYPHOON」を観た。

朝鮮半島でテロを企てる海賊役のチャン・ドンゴンと、その暴挙を阻止しようとする海軍将校役のイ・ジョンジェが、熱い男たちの戦いを繰り広げる物語だ。

不覚にもちょっと泣いてしまった。

人は悲しいとき、下を振り向くどころか、なぜか空を望郷の想いを胸に見てしまうことがある。まるで幸せの何かが降ってくることを期待するかのように。ぼくも最近、そんなことがあった。

人はその空を見るときに--、同時に何を見るだろうか?恋人の顔が浮かぶことがあるかもしれない。亡き両親に思いを馳せることがあるかもしれない。今は心通わぬ友かもしれない。

この映画「タイフーン」は、南北を分離されてしまった朝鮮半島へのどこまでも哀しき運命(さだめ)が描かれている。

主人公の二人(盗賊、工作員)はともに、朝鮮半島への愛しか語らない。それは憎しみであったりもするのだけれど、それは愛の裏返しでしかない。

なぜか別離してしまった家族、そして再会。なぜ人は離れる運命なのだろうか?そして、なぜ再開する運命なのだろうか?

米ロの対立だ、と言ってしまえば簡単かもしれない。しかし、そこに巻き込まれる個人にとっては事情はさほど簡単ではない。国際国家の対立軸が明確であった80年代であっても、そこにまさに生きる個の人生は複雑で、ドラマと涙があった。

家族の分離がなぜ国際政治の一ページに押し込まれなければならないのか?そこに生きる個人を描くのは政治ではなく文学が担ってきた。文学のあとは米国映画が、個々のドラマを描き出してきた。そして、それはもはや朝鮮半島の分離という、未だに解決されない悲劇へと韓国映画が果敢にも挑戦する機会を与えようとしている。

ここに描かれたのは朝鮮半島の悲しみだけではない。ここにあるのは、なぜ心通う者同士が離れ、再び出会うことになるかという人生のドラマである。

ストーリーはあえて書かない。なぜならストーリーだけを書けば、それは陳腐な物語としてのみ記憶されるだろうからだ。

韓国には未だ北朝鮮という芸術の対象が存在する。日本にはそれがない。ここが近年映画界に生じた日韓逆転の根本原因であるはずだ。

突き抜けた悲しみのあとでなければ、どうやって芸術など成立するだろうか?

(追伸)・・・近い将来、北朝鮮の人々が解放され、この時代にこれほどの映画が作られていることを知ったら、ある種の感動に包まれるのではなかろうか?そして、それは次の文学へ昇華するのではあるまいか。
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by fastska | 2006-04-29 00:36 | 映画エイガえいが
人生法則を批判する~神様のやり方
a0022864_2364462.jpgかかってくるはずの幸せな電話。

三日目は自分から電話せざるを得なかった。その結果が幸せかどうかはこれから分かることになる。

「ある道を選ぶ」という選択肢を取ろうとするとき、必ず三回の拒絶にあうのではないか--。といくつか前のブログで書いたところ反響をいくつかメールで頂いた。

その中のほとんどは「似たような経験をした」というものだった。

人生法則というのはおこがましいが、おそらくパターン化されたものがあるのだろう。

ちなみにぼくはこういう人生法則も持っている。

・幸せと不幸は常に突然やってくる(常に思っているそれらは中々実現しない)
・何かが最終的に成し遂げられる直前にあまりに大きな障壁が立ちはだかる
・誰かに「こういう人だね」と思われると自然にそうなってしまう
・なぜか人生の節目で思わぬ人に助けられる

ちなみに、もうちょっと経験値が増えたらきっとこういうものも入ると思う。

「自分だけを考えるより、他人と自分の利益を考えた方が、上手くいくことが多い」

どうだろうか?
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by fastska | 2006-04-26 23:06 | 青春記・旅・思想
今の自分を批判する~あの頃はなぜ
a0022864_22172058.jpgかかってくるはずの幸せな電話。

二日目もとりあえずかかってこなかった。

めったに聴かないCDを取り出してみた。

「ああ、なんてこった」と思った。RCサクセションの「OK」というアルバムだった。中学一年くらいに聞いていたやつだ。

もうほとんどこの時期にやりつくしているということが分かったからだ。

常に新しいものを聴いた方が良いという前提はあるのだが、このように昔耳慣れた曲を聴きなおすということは自分の過去との乖離を知る良い機会になる。

以前気付かなかった音やフレーズ。こういうものが今ではよく分かる。逆に今では若干感動できないフレーズもあるのだろうと思う。

ボーカルは、もちろんあの忌野清志郎である。このか弱さと繊細さ--。

ああ、とまた思った。曲を聴き進めるうちに「この人は自分の若い頃を嫉妬してしまうだろうな」と。

忌野清志郎のような偉大な巨人と比べようもないが、ぼくであってさえ「昔はなんでこんな言葉をつかまえることができたのだろう」と昔の自分を嫉妬することがある。

それにしても--、と思った。「Oh! Baby」から「ドカドカうるさいR&Rバンド」まで続く曲群が、彼らの精神的に落ち込んでいるときに作られたものとは到底信じることができないのだ。いや、むしろ落ち込んだときゆえに作られたと言うべきか。

昔だったらこういうことができた。そう思うのは一種の遊戯であるが、むなしい。過去を振り返るのは、確かに生産的ではない。

しかし、今の自分の状況から昔を羨望のまなざしで見てしまうことは、これからもずっとあるだろう。

昔の自分に嫉妬する。

忌野清志郎はこのアルバムで、今では書けない、美しくも悲しいフレーズを歌っている。

「ぼくを泣かせたいなら 夜更けに悲しい嘘をつけばいい」
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by fastska | 2006-04-26 22:30 | 音楽オンガクおんがく
商業ロックを批判する~変わるものと変わらないもの
a0022864_414923.jpg かかってくるはずの幸せな電話。

まず一日目はかかってこない。

ちょっとだけ眠れない。

最近、古い自分と新しい自分というものについて考えている。

新しい自分、とはポジティブに捉えられることが多い。生まれ変わった自分、とはこれまで以上に良き側面を持ったものとして考えられている。

しかし、それは現状を肯定するためのレトリックであることもある。

RCサクセションの「ベイビー!逃げるんだ。」という曲がある。小学校と中学校のとき聞いていたせいだろうか。ある瞬間に、ぼくにはこの曲のある箇所のフレーズがリフレインされてくる。

「ロックは卒業だとアイツは髪を切るのさ」
「レスポールが重たすぎたんだろ」


レスポール、とはギターのこと。楽器をやっていた人ならわかってもらえるだろうか?楽器を始める中学生は皆、自分がスポットライトを浴びている姿を想像する。それは大学で歓声を浴びる経験を経た後も続くことが多い。

しかし--。その終わりがやってくることがある。就職であったり、あきらめであったり。そんなこんなでバンドマンは「重たすぎた」レスポールを捨て、机の前のパソコンで仕事を始めるようになる。

全ての恋愛が別れを前提に開始しないように、全ての楽器という夢も終わりを前提には開始しえない。

その「終わり」が来る瞬間に、当事者はどのような言い訳で自分の中のおとしまえをつけるのだろうか?

その瞬間その瞬間の決定は最善であると皆信じている。決定が最善でなければ、次の瞬間からの生きる希望などありえないからだ。

そして、一方で「レスポールが重たすぎたんだろ」と笑う少年もいる。

ただ--。その少年も怖いのだと思う。レスポールを脱いだ他人が、ではない。いつ脱ぐことになるかもわからない将来の自分が怖いのだと思う。

他人の像は、明日の自分の像であるかもしれないから。そして、少年は他人を自分に重ねるのではなく、自分を他人に重ねることによってその恐怖から少しでも脱却しようとするのだろう。

「レスポールが重たすぎたんだろ」

昔のぼくと今のぼくを対比して、そう語る「少年」はいるのだろうか?

ちょっと感傷的になってしまった。
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by fastska | 2006-04-24 04:16 | 音楽オンガクおんがく
年収300万円で生きる主義を批判する~金持ちは正しい!
数年前だっただろうか?

定年前のあるおじさまと会話したことがある。

ビジネスの会話が終わって雑談していたとき、ぼくは何気なくこういった。

「それにしても、バブルで浮かれていたときよりも、今みたいに(多少貧乏になって)自分の身の丈を見直せる時代がマシですよね」と。

するとそのおじさまはこういったのだ。

「そりゃ違う!」と。

「いや。戻れるならバブルの頃に戻りたいよ。でもぼくらなんか、経済が右肩上がりのときに会社に入って、そのまま給料は上がりまくり。バブルのときは一番会社の金を使えるときだったからバンバン経費で銀座で飲み食いして、景気が悪くなると同時にボケてきてすぐに定年。でもバブルの頃はよかったなぁ」と付け加えた。

この発言にいささか衝撃を受けた。

日本人の過剰反応というか、どうしてもバブル期を思い出すときは「浮かれていた」とか「背伸びをしすぎた」とか「本来の姿じゃなかった」とか反省と共に語られる。

だけど、そうじゃないんだ、とこの人は言っていた。

できればあのバブルよもう一度!と。

ぼくはこの人を軽蔑するどころか、率直な気持ちを表した卓見とすら思った。

年収300万円で生きる術も結構だが--とぼくはこのとき以来思ってしまうのだ。

やっぱりあの狂った時代を正当化し、その憧れの中から経済を真に復活させることが求められているのではないか、とすら思う。

ねぇみなさん「失われた10年」もいいけれど、そろそろ「失われた拝金主義」も復活させませんか?
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by fastska | 2006-04-20 20:52 | 青春記・旅・思想
神の不在を批判する~不思議な人生法則
人生の岐路に立つあなたへ

誰の意見も聞かないかのように一部で思われているぼくであっても、大事な場面では多くの人の考えを参考にしたりする。

「ある道を選ぶ」とき「ある道を選ばない(つまり現状のまま)」という行為も立派な選択だと気付いたときから気持ちは楽になった。

「ある道を選ぶ」か「ある道を選ばない」かは多くの場合、感覚が答えを出してくれ、「多くの人の考え(意見)」とはその感覚の理由付けだけに使われることがほとんどである。

その過程で、ぼくはある法則のようなものを見つけた。

「ある道を選ぶ」という選択肢を取ろうとするとき、必ず三回の拒絶にあうのではないか--。

何か未知の道に踏み出そうとしたとき、必ず誰かは
・「お前じゃ無理だよ」といい
・「もっと考えろ」といい
・さらに意図せずその決断を踏み留めさせる出来事が起きる
これはなぜだろうか--。

おそらくこういうことだろうと思う。

それは、人間の運命上(必然的に)登場させられた人物たちなのだ、と。

それは、「あなたの決断が本気なのか試してくれる障害なんだ」ということ。

思いつきでどんどん行動したら、大失敗することもある。だから、そういう障壁を神はあえてぼくらに渡す。「その決断は本気なんだろうね」と。

ぼくは宗教家ではなく、無宗教ではあるが、神は信じている。これはレトリックではない。「祈る」という行為をしたことがある人は全て、神を信じていると言ってよいのではないか、と最近よく思う。
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by fastska | 2006-04-18 06:42 | 青春記・旅・思想
汗水たらす働き方主義を批判する~新しい働き方!!
この前のTVでの小飼弾さん(元ホリエモン側近)のコメントは痛快だった。

ライブドア事件に見られる「拝金主義」に対して、あるコメンテーターがこういった。

「結局は教育の問題。となりの人にもメールで連絡するなんて理解できない」と。

それに対して小飼弾さんはこういった。

「それが理解できないのは教育の問題ですね」と。

全く抱腹絶倒である。

言うまでもなく、働き方は変わってきている。隣の人にメールという手段で連絡伝達するのも、今では立派な情報手段と考えるべきときに入った。

特に人間は自分の価値観に合わないものは拒否感を示す。これが、人間の強みであり弱みである。メールで身近な人に連絡するのは、「古い」人にはついつい悪しき手法と思ってしまうだろう。

同じ番組では「労働の価値」ということにも触れた。

そこには「汗水かいて得た収入は素晴らしい」という価値観が未だに存在する。

しかし、と思う。そもそも、労働の価値とはアウトプットに比例して上昇していくものではないか。

たかだか数十年前に発明された時間給という概念が一体どこまで続くというのか?むしろこれまで続いてきたことが異常であったかもしれない。

おそらく近々ぼくらは労働時間と努力の割合が、実際のアウトプットと比例しないことを思い知るだろう。そして、短時間でアウトプットを出す人たちに莫大な収入がもたらされる現場を見るだろう。

そのとき二極化社会は徹底化され、新しいパラダイムが生まれることを知るだろう。
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by fastska | 2006-04-16 23:10 | 青春記・旅・思想
学校芸術を批判する!~現代芸術と社会の臨界点
 昔、今井俊満氏の絵画を見て衝撃を受けたことがある。

見た目女子高生である女が携帯電話をヴァイブレーターがわりに股間に突っ込んでもだえる、男根のオブジェが周りを取り囲む・・・・・・・単なるスノッブでない見るものを圧倒する表現が確かにそこにはあった。

 これはサブカルチャーだろうか。それとも正統な流れをくむ芸術群か?

かつて鶴見俊輔は「限界芸術論」で庶民の文化とアッパーカルチャーの臨界点に第二の文化があるといった。それは、現代的に訳すとカウンターカルチャーとかオタク文化と言える。

 大学のとき「限界芸術論」を読んだぼくは感心した。大衆文化とアッパークラスの臨界点にサブカルチャーができ、それが本流の現代芸術と変化していく。

そしてその現代芸術も大衆文化に成り果てては新たなサブ・アッパーカルチャーを生み出していくという視点は、「生産」「消費」のサイクルの中に学問を完結させる経済学専攻としては最も分かりやすい構図だったのである。

芸術とは別に高尚なものではなかった。
 
 その後、マス文化を取り入れつつも、現代芸術の祖となり続けている人たち(例えば今井俊満氏)の作品を見るにつけ、学校では教わらない芸術論が今でも頭を駆け巡るのである。
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by fastska | 2006-04-14 00:03 | 青春記・旅・思想
オンデマンド発想を批判する~新しい時代の幕開け
マーケティングの世界では、未だにこういわれている。

「大量生産から、オンデマンドの時代へ!」

確かに、工場が吐き出す大量生産のモノを均一的に人々が買う時代は過ぎた。

これからは、欲しいときに欲しいものだけを欲しい、という消費者の要求に答えていかねばならない、というわけだ。

見たい映画だけを見たいときに見る。これがケーブルテレビの乱立から始まり、web配信までつながっていった。需要がまずそこにはあるのであり、メーカー側の生産都合がそこにはなかった。

まさにオン・デマンド、というわけだ。

しかし、最近ぼくはこれ自体がもう古いのではないかと思い始めている。近々、誰かが同じことを言うだろう。

おそらくその「古さ」は、結局のところ消費者が受け手側にしかなれないことにあった。

これからは消費者が同時に生産者になる時代。つまりパーソナルファブリック(個人のものづくり)の時代ではないか。

インドでは、高額なソフトを買えない子供たちがついに独学でプログラム言語を習得しソフト開発に乗り出した。あるいはアメリカでは、独自機能をもつハードをスライス盤やNC機を使って(製造業じゃない人わかんなくてごめんね)製品を作り出した。

このキッカケとしてはもちろん、自己ソースによるIC製造キット(CPLDやFPGA)があり、手軽なテストキットも充足してきた(この世界の人補足説明頼む)。もちろん、ものづくりに捨象したこのことは、もちろんコンテンツ作りにも顕著だ。

もはや、消費者は生産者であり、その流れは時代の針を戻すコペルニクス的転換があるのである。

そしてその時代の潮流の源はITによる安価革命だ。

よく思えば、i-modeとBlogの流行は、これまで限られた人にしか許されなかったコンテンツ配信を一般人に取り返す原始欲求ではなかったか。消費者から生産者へというシフトではなかったか。

パーソナルファブリックの夜明けが今始まる。
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by fastska | 2006-04-12 22:22 | 青春記・旅・思想
若手ビジネスマンの働き方を批判する~会社は夢を売るな!!
最近、「おっ」と思う論説が少なくなってきた。

高校のころは中公新書を買っては未知なる世界に惹かれたぼくであっても、最近はどの本も読むたびに「昔の繰り返し」にしか思えないのだ。

その中にあって、非常に刺激的な「会社論」を見つけた。勘のいい人はすぐにどの人の言説か探せるだろう。

その人は言う。

・会社に「志」を託すのはバカだ
・なぜなら、会社員とはカネのために働くのが筋であって、個人の志を実現するところではない
・会社が個人に「志」を求めるのであれば、会社は給料以上のものを提供せねばならない
・個人の「志」がなければ動かない会社は異常だ
・社外で勉強することの尊さを説く人は、その異常さに気付いているだろうか

というもの。

これまで定時外でも働くことや、切磋琢磨することは美徳とされてきた。「給料が出なくても努力せねばならないときがある」と説く啓蒙書は今でもたくさん出ている。

しかし---。それは間違いではないか、とこの人は言っているのである。

ぼくは混乱している。なぜこの言説に違和感を感じながら惹かれているのか。そして正しいことは何なのか?その自身の中でのギャップを抱えながら最近この人の言葉を繰り返している。

みなさんはどう思いますか?マジで。
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by fastska | 2006-04-10 21:30 | 青春記・旅・思想