緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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earthcream2000@
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(山塚あて)
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ぼくらのオンガクはどこにいったのだろうか
a0022864_20483934.jpg 「飛ぶ、歌う、ぐちゃぐちゃ」こういう雰囲気ってなんだったんだろうか。

 久々に以前自分がやっていたバンドの音源を聞いた。

 たしか、みんなお金が無い中、数万円ずつ払って録音したやつだ。CDになって色々なところで発売されたりしたけれど、もちろん儲からず、だけど楽しさのみが残った。

 なんて荒いギターの音なんだ!と7年前の自分をふりかえって思う。だけれど、このあまりにオーバードライブの効きすぎた音も7年前でなければ出せなかったのだ。

 出来上がった音に感動し、自分たちの曲であるにも関わらず、繰り返し繰り返し聞いて楽しんだあの頃。みんなで集まって、一つのモノゴトをつくりあげようとしたあの頃。

 様々なことが起こった。

 自分だけでは思いつかなかったフレーズが突然バンド練習中にひらめいたこと。大して変わらない「こだわり」に2時間かけたこと。曲の構成でワイワイやりあったこと。上手くいかずに落ち込んだこと。客からウケすぎて舞い上がったこと。多くの人たちからお叱りを受けたこと。多くの人たちから感動したと言われたこと。ギターソロを考えるのに懲りすぎて丸2日使ったこと。イメージをみんなで曲にしていったこと。緊張して録音のときは皆間違えまくったこと。他のバンドとついつい比べてしまったこと。他のバンドを無視して独自路線をつっぱしりすぎたこと。練習が終わってみんなで色々なことを話したこと。オンガクに関する熱い思いを交換したこと。

 リズムの中で自分たちが一つになっていったこと。

 思い出せばあのころの季節はなんだったんだろう、と思う。人が集まるだけでは、生産性が高まるとは決していえない。ワクワクドキドキが量産される、とも決していえない。

 そこには古臭いコトバでいえば「志」、があった。共通理念と共通目的があった。これらがぼくたちの心をつかみ、通常以上の化学反応を起こさせたのは間違いない。

 そしてメンバーは現在バラバラになって、自分のフィールドで新たな志を持ち「ここではないどこか」へ走ろうとしている。

 しかし、だ。

 もう一度、いや一回だけでもいいから、集まってみたいと思う。そしてもう一度化学反応を起こしたいと思う。そして、あの頃との格差を知って落胆するかもしれない。あるいは、思いを新たにするかもしれない。それを知りたいと思う。

 何のために?もう一度楽しさを復活させるために。代替のきかない友人との触れ合いを楽しむため。

 そして、おそらくあの頃の自分たちに向けて。
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by fastska | 2005-10-28 20:51 | 音楽オンガクおんがく
サザンオールスターズは現代の歌謡曲を超えた
a0022864_2055820.jpg サザンオールスターズの「キラーストリート」を聴いた。デスメタルとイージーリスニングと共に購入したので、全く不可解な組み合わせであった。

 一言でいう。サザンオールスターズは既に現代の歌謡曲を超えた。

 以前、小室哲哉が週間ジャンプ手法を音楽界にもたらした。週間ジャンプ手法とは、飽きたな、と思ったくらいに次の曲がでる、という手法だ。たまに良くない曲が有っても、次週には次の曲が生まれ、音楽界のうねりに乗って瞬く間にトップに踊り出、下降していった。

 比して、奇しくも絶頂期の小室と対談した桑田佳祐は、当時こう語っている。

 「ぼくねぇ、曲あんまりつくんないの。アルバムに何曲いれるってきめたら、その分ピッタリしかつくんない(大意)」

 サザンオールスターズのこのアルバムは7年半ぶりであり、まさに7年半前の自己の歴史に思いを馳せることを意図せず狙っている。

 「夢と魔法の国」ではロックとブルースを。「ロックンロール・スーパーマン」ではT-REXのリフからはじまりストリングスを使ったPOPS。「愛と欲望の日々」では今ごろありえないメロディライン。「ひき潮」では以前までのアルバムと同じく華麗にワザとらしく締める。

 どこを切っても、作り込まれた、極上にうそ臭く、そして完成されすぎた、ベタベタすぎる最高のアルバムだ。

 「世に万葉の花が咲くなり」で見せた、商業主義と音楽マニアにしか分からない隠し味の微妙なブレンド路線が再度戻ってきた。

 かつて、著名な音楽評論家が「桑田佳祐はとっくにピークを過ぎた36歳にあって、なぜにかくほど人を惹きつける曲を創れるのであろうか」と唖然してみせたときから幾星霜。ついに50歳一歩手前になってまでその才能を加速していくばかりである。
 
 「ああ、これこれ。またやっちゃってー」と言わせながら、それでも楽しんでしまうのがPOPSであり歌謡曲であるとしたら、まさにサザンオールスターズはこの定義を超えた。

 自殺しそうな内面を歌うのが歌謡曲としたら、POPSは「まぁそんなこと考えないで音楽があるときくらいは踊ろうよ」というメッセージを歌う。サザンはこの両者でもなく、POPSの中の歌謡曲であり、歌謡曲の中でのPOPSである。

 つまり、自殺しない意識的な歌謡曲なのだ。

 サザンオールスターズはもはやセルフカバーのような曲を量産する、という批判を遠くからあざ笑い「大衆人気」という巨大な武器を持って孤独にそそり立っている。その姿勢は、TVに出ることを全く拒否しなかった初のロックバンド、といわれたデビュー当時から変わることはない。

 日本人はいつの日に桑田佳祐から卒業証書をもらえるのだろうか。いつになったら離れることができるのだろうか。桑田佳祐は離れていくリスナーなど関係なく、確立済みの追い越し車線を駆け抜けていくだけである。

 「離れても元気でいてと 呟いた空の果て 儚きは花火にて燃えて 無常を噛みしめるだけだよ(『涙の海で抱かれたい』)」
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by fastska | 2005-10-28 20:39 | 音楽オンガクおんがく
今全てが一変してはならぬ、と誰が決めたのだろうか。
 あまりに古臭くて語られすぎたコトバを。

 エジソン「天才は1%のひらめきと、99%の努力だ」

 このコトバは努力の大切さを教えてくれる、と道徳は言う。しかし、本当にそうなのだろうか?と思う。

 意味が完全に異なるのだ、という主張をしたいわけではない。そうではなくて、「1%のひらめきのためめに、努力がある」「1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄である」ということが真の内容ではないか、とすら思うのだ。

 やたらに99%の努力を賛美しているわけではなく、1%の奇跡を呼ぶためだけに他の雑多な何かが必要なのではないだろうか?

 中谷彰宏氏は、宣伝広告のアイディアは質ではなく量であるといってはばからない。それは、一個の良質なアイディアを産むための長い道のりを選択するのではなく、短期短期なアイディアのかたまりの中から一個の突然を切望する試みである。

 そして同時に、現在報われぬ努力を重ねている人は、次の瞬間に突如として新たな光が挿す可能性もある、というエールとも曲解できるのではないか。

 仕事や何かの練習においては、ふとしたきっかけで世界観が変わることがある。自分が「別のやつ」になってしまうことがある。

 今全てが一変してはならぬ、と誰が決めたのだろうか。

 そして、誰がこの努力を無駄にしてよいと許したのだろうか。日々の努力は1%の奇跡のためだけにある。その奇跡は必ず起こさねばならない。

 生きる、ということは自己を変えつづける試みだから。
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by fastska | 2005-10-28 20:02 | 青春記・旅・思想
しあわせ、いりませんか?
 楽天の問題で、いよいよ製造業の存在が薄れてきた。

 モノを作る--この単純な原始的欲求に基づく作業自体が、情報という産業に乗っ取られることはケシカラン。などという主張をする気はない。

 どんな時代にも需要があり、供給がある。この時代は情報というものが求められている時代であり、モノ的な豊かさよりも2ちゃんねるを見てた方が楽しいや、という身もふたもない感想の前にはなんらモノづくりへの回帰を呼び求めたところで効力は無い。

 それは良いか悪いか、を通り越してそういうものだからだ。

 ぼくはモノづくりが好きだ。その産業が好きだ。しかし、情報産業も好きだ。だから、その優劣などあるはずもない。どちらかだけでは生きていけないことなど、指摘されることもなく明らかだ。

 しかし、1点だけ予想を立てておく。

 「モノからコトへ!!」このフレーズに象徴された、なんだかよく分からない、でも分かった気になる雰囲気が強調されてきた。だけれど、その次の内容があるのではないか。

 それはあえていうならば、こういうことではないかと思う。

 「モノからコトへ!!コトからカタへ!!」

 同じコトでは飽き足らない。同じコトを体験するにも、どうやって体験するか。その方法(「カタ」)が重要になってくる季節がすぐそこまで来ている。

 同じコトを経験するにも、一体誰と経験するか、一体どのような状況で経験するか、ということがこれまで以上に大事になってくる。こうなると、データでも表現できない。ソースでも表現できない、視覚と能を超越した雰囲気の時代になってくる。

 雰囲気---そう思えば、日本は元々ユダヤベンダサンの指摘を待つまでもなく雰囲気に動かされる国民ではなかったか。

 どこまでも雰囲気と「カタ」への傾倒。これこそが日本のポストIT時代の幕開けを高らかに叫ぶ汽笛となるはずだ、と予想しておく。

 クラウンの次は、i-modeとITを。その次は、しあわせな雰囲気いりませんか?
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by fastska | 2005-10-24 22:49 | 青春記・旅・思想
これは若者の聖戦だ!!
 「やっぱりな」そう思った。

 半年以上前に、「楽天はメディアを買収するだろう」と書いた。だから、三木谷さんがTBS株を取得したと聞いたときは、さほど違和感を感じなかった。M&Aの村上世彰さんが出てきたときも、やはりという感しかなかった。

 さらには、ホリエモンの再登場、USENの宇野康秀さんGMOの熊谷正寿さんが出てきたときも、いよいよ予想通りになったな、という気しかしなかった。

 ここで新聞のように「ネット企業と過去企業」の比較を鮮やかに描いて見せる気は、もちろんない。

 ここで書きたいのは二つのことだ。

 ・新旧の世代の対決、かどうかは知らない。だけれど、この新たな世代がスピードのみで旧世代の常識に挑戦しているのは事実だろう。
 ・しかし、新世代といっても40代だったり、30代の後半だったりする。これが若手であり、新世代であってよいだろうか。

 たいてい、なんでも早ければたいていのことは成功する。24時間しかないところに、倍動いたら生産性が倍になるのも明確だからだ。

 そして、次に起こるのは「若者の聖戦だ」ということだ。きっと40代を若者、と呼ぶ時代錯誤を笑ってしまう20代・10代が次々に出てくるだろう。

 あえて予想するならば、次のビジネスのモデルは、上場やM&Aを目指すものではないだろう。多くの人は知っているが、実は個人事業者や上場を前提としない企業のほうが利益をあげていることが圧倒的多数だったりする。
 
 それは上場企業で公開される経営者陣の給与が、個人事業者のそれよりも低いことで明らかだ。

 ミクロな組織からそっと多くの利益を獲得していく試み。あるときはフリーエージェントと呼ばれ、あるときはSOHO形態で数名の組織を構築する--そんな拡大前提ではないビジネスが主流になってくる、と予想したい。

 繰り返し、これは若者の聖戦だ。

 (追伸)
・少しキャンセルが出て、席がありますので、若者の聖戦に参入お願いします。
 「~あえて、疾走。もはや、回想~
・聖戦を勝利に飾るために!これまた続々募集中!
 「ぼくらの独立宣言
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by fastska | 2005-10-23 11:07 | 青春記・旅・思想
プロフェッショナル考
「そんな仕事引き受けるんじゃねぇ」

 と怒られた人は何人いるだろうか。しかも、通常の意味とは逆においてだ。

 大前研一著「ザ・プロフェッショナル」という本が出た。その本とは全く無関係に、最近考え直したプロフェッショナル、ということについて書いておく。

 まず、プロフェッショナル、とはお金をもらって労働対価をもらう全ての人にあてはまるべきだ。つまりサラリーマンは全てプロフェッショナルでなければならない。

 上記のことはよく言われている。「だってプロなんだから」っていうコトバはどの職場でもありふれたものではないだろうか。

 しかし、最近考えるのは次のコトバだ。「最初から『できない』とあきらめるんじゃない。やってみて、全力を尽くす。無理な目標にあえて身をおいてみるんだ」。

 上記のコトバも同様に多くの職場でありふれたことではないか。

 だけど、この「最初から『できない』とあきらめるんじゃない。やってみて、全力を尽くす。無理な目標にあえて身をおいてみるんだ」というコトバが、本当に正しいんだろうか、ということを最近考えている。

 つまり、本当のプロは、成果がでないと思うなら(あるいは予想できるなら)その仕事は引き受けるべきじゃないのではないか、ということだ。引き受けるときに、アウトプットのレベルを判断し、そのアウトプット以上を目指す。これがプロフェッショナルではないか、ということだ。

 「とりあえずやれるだけやってみる」はプロから程遠い姿であり、本当にできそうにないのであれば、成長しなくとも自分として引き受けるべきではない。もしその仕事をしたいのであれば、業務外で自信がつくまで「素振り」を繰り返すべきだ--。

 最近、上記の考えを聞いて、強く思うところがあった。

 前述の「そんな仕事引き受けるんじゃねぇ」とは、自分でできる範囲を矮小に考えるのではなく、あえて仕事として他の誰よりも成果を出すことができないと客観的に判断したのであれば、謹んで仕事を辞退すべきだという「正論」である可能性がある。

 まだ、どちらが正しいのか完全に判断できる段階にはない。

 ただ、本当のプロフェッショナルとは何か---。これを自答自問する季節に入ってもいいのではないだろうか。20代後半から30代前半のあなたは。
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by fastska | 2005-10-19 22:32 | 青春記・旅・思想
ねぇ、そろそろ独立する? ~ ついに核弾頭決定!
ついに、核弾頭の登場が決定!!

こりゃなかなかすごいはずです。

http://www.kyotenlabo.com/modules/eguide/event.php?eid=5

交渉にかなり時間をかけました(うそ)。

最もぼくが今注目し、そのコトバ一言一言に声を傾けねばならない方です。

つまり、何よりぼくがファンなんです。

全ての人に捧げます。

どうぞよろしくお願い致します。
(詳しくまた書きます)
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by fastska | 2005-10-19 22:05 | 青春記・旅・思想
生き方を見せつけるだけでコトバはいらない
 「女性にモテるには、生き方を見せつけるだけでいい。言葉はいらない」と言った岩本と出会ったのは2001年だった。

 インターネットがバカみたいに遅くて、卒業するための単位は全て揃っていたので飲み歩いていて、バンドで800人の前で演奏して、はじめて文章でお金をもらって、くだらないインターネット企業からたくさんの広告メールをもらって、海外で死にそうになって、まだ哲学の本を2日に1冊は読んで、ある講演会で人生を変えられて、永井均さんの授業に感激して、サイバーパンクの映画をたくさん見て、2ちゃんねるが売りに出されて、テロリストが飛行機でビルに突っ込んで、そしてはじめて「会社で働く」ということでお金をもらった。そんな年だった。

 そして岩本はラジオ局に就職した。繰り返すが、2001年はそんな年だった。

 わけの分からない企業が出ては潰れて、楽天といったってほとんどの人は知らなかったし、ぼくはといえば初めての仕事に慣れずに大変な目にあっていた。

 ぼくはこの年ほど、人生の色々なことを学んだ年はあったのだろうか。そして、同時に成長した年はあったのだろうか。学習というものが、発見と驚きをもって加速していくのであるものならば、まさにこの年は、学習のために費やした年だった。

 「女性にモテるには、生き方を見せつけるだけでいい。言葉はいらない」というコトバを教えてくれた岩本の生き方とは全く逆を行くように、ぼくは一体その年にもどれだけの文章を書いてきたのだろうか。

 岩本はそこからちょっと年数を重ねてラジオ番組のディレクターになった、という連絡をくれた。なるほど、コトバではなく音声というもので、彼は確かにかっこいい生き様をぼくに見せてくれた。

 ぼくは静かに流れる水のように、ゆっくりと、だけれどときには色々なところにぶつかりながら、自分のコトバを発し続けてきた。コトバ、というものが人間の一面を切り取るならば、音声もそれ以上に人間の一面を切るのだろう。

 自分が何かをするとき、よく分からないが確信に近いほど「正しさ」を感じることがある。そのとき感じた激情をいかにコトバに落とし込むか。これがかなり難しい。何度も書き直しては、これは違う、と思い悩んだりすることもある。しかし音声ならば「ヴォー」と叫べばいい。激情を叫ぶだけでいい。

 世界とつながることもできる。

 例えば、ラジオであれば無数のリスナーから声が届く。「これはよかった」「あれはどうだろう」。批判も賛同もどちらでも、それは自己の仕事が世界とつながる瞬間である。世界を自分というもので貫いた瞬間であり、自分が生きているという瞬間をどんなに落胆だとしても---感じられる瞬間である。

 しかし、ぼくのそのころの仕事といったら、とても世界とのつながりを感じられるものではなかった。ぼくがいなくなったらどうなるのだろう--それには答えることは禁じられていた。なぜならば、「何も変化などあるはずはない」だろうからだ。

 世界を感じる直接性もなく、ただただ前の業務をひたすらこなしていかねばならない日々。ぼくは自己の発露を抑えきれずに、誰にも発表することのない多大な文章を書きつづけていた。

 そして、さらに月日が経ったある日--。

 岩本からメールが届いた。会社を辞めて、海外旅行に行くのだという。いつ戻ってくるかわからない。そしてどこに行くかもわからない日々。直接性を知ってしまった彼は、さらに世界に直接性を求めて歩いて行くのだろう。

 普通のビジネスマン、とあえて言う。普通のビジネスマンは、銀行に勤めていたり、製造業やらSEやらをしている。ベンチャーやマスコミにいる人たちはちょっと別だけれど、いわば会社員を、普通のビジネスマンと呼ぶ。

 そもそも、普通のビジネスマンはいつから醒めてしまっていたのだろうか。目の前の仕事をさっさとメールとパソコンいじりで終わらせれば、趣味に走る普通のビジネスマンたち。もう何かを進めるだけのゲームのような勉強は飽き飽きしたはずなのに、繰り返し学ぶ仕事術。誰が、徹底的に醒めた仕事術などを教えたというのだろうか。

 最近になって、自分一人の活動を、多くの中間達との活動を加えてからというもの、何かが分かった気がしている。

 「実はみんな直接性が欲しいのではないだろうか」

 簡単なことでいい。分からないことを分からない、と言える。面白いと思ったことを面白いと言える。楽しいことを楽しいと言える。そして、それに対する応答が返ってくる。それにより自己の思考が深まる。そんな単純なことでいい。世界との直接性を求めるために。

 もちろん、ぼくを含めた普通のビジネスマンたちがすぐに変わるとは思わない。現在大変な業務が楽になるとは思わない。だけど、少し少しずつ、世界との直接性を知ることによって、何かが変わるのではないか、と思う。

 何のために?そして誰のために、ぼくは進んでいるのだろうか?

 何かを変えるために。世界との直接性を知るために。そして、みんなのために。熱意溢れる「誰か」のために。まだ見ぬ最高の仲間達のために。

 そしておそらく、社会人になったばかりの頃のぼく自身に向けて。
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by fastska | 2005-10-16 21:13 | 青春記・旅・思想
ここ1~2週間の出来事(20代ごっこ編)
ビジネスマンのための「会」を開催。
人が溢れて驚く。
感想のメールが止まらない。
会社の送別会。
主賓挨拶で、泣く人がいた。
つられてちょっと感動。
フットサルをする。
運動神経が切れていた。
メーリングリスト上で知人同士の喧嘩が始まる。
次々に、ビジネスマンの会の次回開催分のアイディアが届く。
メモの量が異常になる。
ひさびさに知人から連絡がある。
ギターを弾くと指が痛い。
メガネをすると目が痛い。
名刺の切れる期間が短くなった。
それにしても「今、名刺を切らしておりまして」と言い訳するビジネスマンの何人が、単純な名刺忘れだろうか。
トヨタのクルマショールームで遊ぶ。
サザンの新譜をつい買ってしまう。
ビルエバンスのJAZZコラボCDをつい買ってしまう。
JUST SURRENDERのCDをつい買ってしまう。
最近のヘビーロックではJUST SURRENDERくらいしか面白くない。
新幹線の移動中ヒマすぎてプレジデント誌をつい買ってしまう。
いまだに「学歴と出世」。
三菱証券にクレームの電話。
飲み会の支払い金額がどうしても合わない。
次回の会議室のお金を振り込み。
よく分からない団体から「あなたのblogを紹介してよいか」とメールがある。
「止めて下さい。意図をまず教えてください」と返信。
高校のときに聴いていたプログレバンドのテープに異常に感動する。
金がなさすぎる。
急に寒くなりすぎる。
最近の朝日新聞のつまらなさはどうしたことだろう。
頑張れ日経新聞。
じゃなくて、渡辺淳一の小説よ、頑張れ。
もう少しで長文をBlogにアップ予定。

だもんで、もうこの辺で

許して

下さい。
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by fastska | 2005-10-15 17:57 | 青春記・旅・思想
寺山修司に関するひとりごと
 この前買ったばかりの寺山修司の短歌を読む。

 「わかきたる桶に肥料を満たすとき黒人悲歌は大地に沈む」。

 黒人哀歌(ブルース)を書くことができるのは寺山自身が青森という差別地に住んでいた所以か。この人の「青森県のせむし男(天井桟敷)」の当時のチラシは芸術作品というほかない衝撃を受けた。

 ぼくが大学3年のとき観た「田園に死す」は、まったく新しい時代の到来はこうやっておこるんだということを感じさせた。これをリアルタイムで見ていた人に対して、羨ましい、と思ったものだった。

 寺山修司は次のような短歌も残していて、田舎出身のぼくにとっては非常に印象に残った。
 
 「煙草くさき国語教師が言うときに 明日という話は最もかなし」

 分かってくれるかなぁ、なんとなく。

 「ふるさとの訛りなくせし友といて モカ珈琲はかくまでにがし」というのもある。

 なんか青春談義みたいで嫌だけれど、田舎出身のぼくだからわかるのだよねぇ。「ふるさとの訛りなくせし」ってわっかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ。明日はどこにある。それは故郷をすててまで有るものか。嗚呼。

 「東京よ 俺の二十歳は涙の汚物なのか
 東京よ 俺の二十歳はこんなにやさしい
 俺のどこかに二十歳がある
 砂漠のど真ん中に放り出されても砂を食って生きてゆく」

 100年経ったら帰っておいでよ、といった偉大なる歌人の死からはや20年が過ぎた。合掌。
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by fastska | 2005-10-07 21:46 | 青春記・旅・思想