緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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著者説明:(けっこう)有名な企業で仕事やっているけれど、片手間でライターもやっている。ファッションと旅行以外ならだいたい書ける。お仕事、感想、批判、誹謗中傷やらなんやらがあれば、ここまで。

earthcream2000@
yahoo.co.jp

(山塚あて)
*すみません、昨年からずっと最近メールが1万通きていて、見切れていません。メール返信必要な場合はblogに書き込んでいただけると幸いです。

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ぼくらはこのまま人生終わっていいのだろうか?
 ヤバい!

 そう思った。この前の日曜日12時50分のことだ。

 めったなことでは緊張しないぼくは、あるおじさまと待ち合わせしていた。こちらの立場は講演をお願いする側。13時に待ち合わせしていたが、どうしても定刻には到着しそうにない。

 「すみません。遅れます」

 このメールを打つ作業自体が、ぼくの鼓動を激しくさせる。

 遅れること20分後改札で待ってくれていた、過激なこのおじさまは怒るどころか、優しく対応してくれた。

 案内されて歩く道すがら。ふと思った。「なぜ俺はこんなことしてるんだっけ?」

 そう、なぜぼくはそんなことをしていたのだろう。

 突然、見知らぬ偉人に手紙をかける。電話をする。メールをする。そして、「今度、講演をお願いできませんか?」という。そして偉人たちのオフィスに出向かっては、講演お願いの理由と、主旨を説明する。---いったいなぜぼくはこういうことになったのだろう、と思う。

 それは抽象的にいえば、自分の人生を変える試みをささやかに開始していったのではないかということだ。少し少し、誰もがやらないことをやる。そして「自分の人生の変化」を他の人にとっても変化を起こせるように講演をしてもらう---そういうことではなかったか。

 このおじさまはと4時間にわたって多岐にわたる話をする。

 「あなたの特性は?」
 「若者は一体なにを感じているのか?」
 「個性にあった仕事とは?」
 「人生の目的とはなにか?」
 「会社をつくるとは?」
 「日本を元気にするための方法とは?」
 
 ぼくはこのステキなおじさまの何を知っているというのだろう。

 もちろん、多くを教えてもらった。

 20代のときしていたこと、空手をしていたこと、最初の仕事で様々な経験をしたこと、コンサルティング会社に転職したこと、日本を愛していること、仕事に対して真摯すぎる感情を抱いていること、経営の本を多く読んでいること、精神世界にも大きな造詣を持っていること、別荘を持っていること、そこからの眺めが最高なこと、大いなる成功、挫折、人生の目的、そして若者を愛していること、人生の複雑さを愛していること。

 「どんな人だったら雇いますか?」と訊いたら、「そりゃ難しいな」と笑ったこと。

 こういう人の話をまた聞けることに感謝しなければならないと思った。

 是非とも、みなさまこの紳士な真摯なおじさまの講演をキッカケとし広がっていく「人生ス素トリップ劇場」来てください。
http://www.kyotenlabo.com/modules/eguide/event.php?eid=2

 前回も「人生変えられた」と言っていただける方多かったです。

 どうぞよろしく。
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by fastska | 2005-09-28 20:45 | 青春記・旅・思想
ここ最近の出来事ではないが、考えていること(最高に再考、編)
・カブドットコムの口座を申請する。あまりにもスムーズな登録完了。ああ、今までおれは三菱証券やら××証券で一体どれだけの時間を費やしたことだろう。さらに手数料も安い。アナリストの予想がことごとく外れ、金持ちしか相手にしなかった旧来の証券会社の没落は、おそらく彼らの再考のきっかけとなる。中間層の逆襲はどれだけ大きなものであるか。

・菊池成孔さんのCD「シャンソン・エクストレット・ドゥ・デギュスタシオン・ア・ジャズ」が届く。ああ、ジャズはやはりアウトローしか表現できぬものなのか。アウトローでありつつ、基本理論をしっかりおさえたこの曲作りの本質はおそらく彼の複雑な生い立ちにあるのだろう。曲以外のところでばかり注目される彼は可哀相だ。おそらく多くの評者は音楽で「評価する」という当たり前のスタンスに戻る再考が必要だ。

・いつも通り英語のビジネス雑誌を数冊webで注文する。それにしても、海外のサイトの「1年購読で70%オフ」とはどういうことだろう。そもそも情報の価値とは何か?加えて、雑誌が1年で15ドル、郵送費が60ドルといういびつすぎる構造はなんなのか?通販の時代の幕開けとはおそらく郵送費が限りなくゼロに近づくということと同義だ。それでは海外取引はどうだろうか?郵送費がゼロになるのが先か、雑誌自体の配送がなくなりPDF化されるのが先か。色々と再考していると昨日は深夜3時になった。

・ああ、色々なところに送らなければいけない手紙やCD、その他がたまりすぎた。会場も押えなきゃ。文章も書かなきゃ。
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by fastska | 2005-09-27 23:28 | ここ最近の出来事
ここ1~2ヶ月の出来事(ひさびさに書くなぁ編)
ベッドの上で泣かれる。
急に寒くなりクシャミが止まらない。
東京のマックはまずい気がする。
飲み会で、自分の意見をつぶされる。
渋谷でパチンコに勝つ。
有名な文筆業の方からメールをもらう。
過激なおじさまから食事をおごってもらう。
個性分析では「保守的なマネジメントタイプ」だそうだ。
人生を考える系の本を読み漁る。
菊地成孔さんのジャズアルバムを繰り返し聴く。
ブルーノートのスクイーズのCDも聴く。
デリンジャーエスケーププランを聴く。
なんだこのジャンルのまとまりのなさは。
家で取引先から書類が届くのを待つ。
日曜も仕事やっている俺、と少し自傷気味。
風は強いが、デブがスカートをおさえるのは気に入らない。
新たなビジネスの話を持ちかけられる。
お金がなぜかすぐ減っている。
焼酎はノドにくる。
本を読みすぎて目が痛くなる。
目のまわりが痙攣する。
わけのわからないメールばかりくる。
宇都宮で転ぶ。
秋口に着る服がないことに気づく。
メガネを買おうと思って1年買っていない。
これも自動車の更新時になぜか視力検査に通ったせいだ。
最近、家電量販店に行っても買いたいものがない。
家に戻るとキチガイからメールが届いている。
驚くような人から、講演会の受諾連絡を頂く。
もう泣かないで。
世の中には濡れ手にあわで設ける人が多いことに驚く。
新宿のあの臭さはなんだろう。
女子高生のあの歩く遅さはなんだろう。
NANAを見に来ているあの女子中学生のアブない目はなんだろう。
自分の財布の中の紙幣の少なさはなんだろう。

もうこの辺で

許して

下さい。
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by fastska | 2005-09-26 00:18 | ここ最近の出来事
フジファブリック ~ 古いことが新しい。21世紀型思想の転換へ
a0022864_21515746.jpg 最近、ずっとフジファブリックを聴いている。

 ハモンドオルガンと重なるギター、そしてドラムス、ベース。そして、昔の日本ロックを彷彿させるボーカル。せつない歌詞。

 「君の小さな目から 大粒の涙が こぼれてきたんだ」

 最初、バラッド「茜色の夕日」を聴いたときは、RCサクセションか四人囃子の再来かと思った。どこまでも生にこだわるフェティズムと、青臭く、西洋ロックへの憧れを捨てきれぬフレーズ群、それでいて日本歌謡曲の歴史を踏まえた曲作り。

 これのどこが2000年代のPOPSなのだろうか。

 歴史は繰り返す、とよくいう。しかし、本当はそんなことなくて、たまたまその時代にそういう音楽をやっているバンドが注目されたり注目されなかったりするだけだ。

 時代なんかはどうでもいい。だけれど、ぼくはこの情緒溢れるバンドに、60年代70年代に活躍した偉人バンドたちを重ねて見ざるを得なかった。

 電子音楽とパソコンナイズされたバック音楽が氾濫する今、この静かで、情けない、だけれど力強い彼らは音楽史上に輝く偉人たちの復習項目としてぼくらの前にある。

 だけれど、よく考えれば全て生演奏だけで、この太いロックをやること自体が、時代への反逆といわざるを得ない。どんなに予定調和な曲展開であっても、人間演奏のみで成立しているということ自体が、既にロックになっている。極めて21世紀的思想の転換がここにはある。

 「小さな目から 大粒の涙が こぼれ」るように、ぼくらはフジファブリックから、日本のロックシーンという小場所から脱皮する怪物を見ることになるのだろうか。
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by fastska | 2005-09-25 22:01 | 音楽オンガクおんがく
糸井重里さんに会おう
「本ができちゃったんですよ!」

 ぼくからわずか5メートルくらいしか離れていない男性。ニューバランスを履き、ジーンズにセーターを着てるこの男性は、とうてい50代には見えないのだ。

「いや、本当に。事務所の前に印刷屋があるんですよ。そこに原稿を持っていったら本ができる。これって寿司屋のメニューとか、何かのカタログと一緒ですよね」

 一語一語を搾り出すように発し、決して難解なコトバを使わず平坦の中に新たな地平線を開かせてくれる天才、糸井重里さんは語りだす。

「本ってモノに希望があるとか、ないとかさ。そんなのほんとーにツマラナイのね。そうじゃないって、だって作れるんだもん」

 本を書く人というのは、教養がある限られた人で、出版社に持ち込み、侃侃諤諤の議論をして構成やらお金のことやら考えて完成して、本屋に並んで、その印税が何%で―――とかいう一般のニンシキっていうもの。それを遥かに超えたところに、彼はいた。

 書籍なんてただの印刷物に過ぎないんだよっていう思いがどこまでもある。「本なんて自分というメディアを広げるための一手段でしかない」。何故、自分が書きたいことを書けないなんてことがありうるのか。得意だからやっていた数々の仕事。そこには自分の本当に表現したいことはなかった。あくまで制約の中での仕事だった。そういう仕事が成功を収め成功者として称えられる中でも「やっぱり人間は自分の好きなことをやらなきゃ、それは変態だ」という思いに至る。

「自分がさ、得意なことばっかりやってる人っているじゃない。でも、そういう人って本当は何がしたいのって答えられるのかなぁ。やってることが好きなことと一緒の場合なんてほとんどないでしょう。そのときね、そんな質問されて、適当に答えても絶対バレるよ。これほんと」

 もっと自由に考えること。こうしなきゃいけないっていう人には近づきたくないし、そんな人が考えれる程度の自由にぼくは拘束されたくない。ここまで言い切ってしまうカリスマはまだ続ける。

「考えてみて。SEXは嫌いだけど、仕事は売春婦とかいう人。ヘタだったらまだいいよ。でも上手かったら?本当に可哀想だよ、それって」

 若い人が既成概念から自由だっていうこと、ホントだろうかって糸井さんの話を聞いて思う。なんで自由なはずの若者がしたり顔で物事を決めつけたようなフリして、自分の領域を今までの狭い経験に照らして小さく小さくする必要がどこにあるのか。「世の中って思うよりもっと適当だよ」。

 ただ、それでもなお、話を聞けば聞くほどやはり糸井さんがそこまで自由な思考の持ち主であることの背後には非凡人性があるからだ、と言わざるを得ない。会話の端々に出てくる、経営センスと見事な単語の使い分けと、話の魅力。

 常に新しいものを生み出すアイデアとセンスはフツーの人では真似すらできない。失敗だったという事業の数々は「想像していた利益」を上げなかったからであり、赤字ではない。

 「会社に命を捧げる」と語るビジネスマンを笑い、翌年には「その会社は無くなっているかもしれない」可能性を常に認識せよと鼓舞し、どこまでもどこまでも世間のしがらみから自由であることを望んでいるこの過激なおっさんは、自分の名刺を持たないほど「常識」から離れていた。
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by fastska | 2005-09-23 23:24 | 青春記・旅・思想
出会いで化学反応を起こそう
「この前の集まりで確実に人生が変わりました」

 こんなメールを何通ももらったことがあるだろうか?

 以前、主催した若手異業種交流会の終了後のことだ。

キョテンラボ http://www.kyotenlabo.com/

 POPであり、何よりも楽しく!そして前向きになれる会を!という目的で開催しだしたこの集まりには、多くの賛同者が集まってくれた。

 全くの他者と出会うとき、そこには何かが発生する。

 その何かは、驚きであり、怒りであり、悲しみであり、喜びである。

 超天才ではないかぎり、それを固定された人間関係枠で次々と発生させることは難しい。

 そもそも人間の能力とは、関わる対象が増えすぎて、その対象を少しでも理解するために発展していったのではなかったか?

 では、どうやって異界と出会うか。そして、その異界の中の異分野の人間たちとコミュニケーションをとっていくか。これはすごく難しいが、考えて楽しい話題である。

 一人で全てを行えるほどぼくらは強くない。であれば、集団のチカラを借りて、自己に都合のいいように利用すればいいだけだ。出会いも、場を借りればいい。いつでも参加しなくなってもいいし、いつでも参加したければしたらいい。

 そういうニュートラルな場があってもいい。

 2回目 http://www.kyotenlabo.com/modules/eguide/event.php?eid=2

 次のイベントでは、核爆弾のような過激なおじさまを招いて、「人生究極の決断、転職か、独立か、起業か?!」 を徹底議論する。働くということは、現代では生きるということと同義だ。ではぼくらはこの選択肢の多い世界をどのように泳いでいくか。

 もし興味あられたら。最高の贈り物を、ワンクリックで。
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by fastska | 2005-09-19 21:53 | 青春記・旅・思想
マックを食べてインポになろう
a0022864_7324861.jpg 「彼のペニスが立たないのよ。」

 「私が上なの」

 いまさらながら、映画「スーパーサイズミー」を観た。

 監督であるモーガン・スパーロック自らが実験台となり、1日3食1か月ファーストフードだけ食べつづける食生活ドキュメントである。加えて、アメリカ食文化における様々なインタビューやリサーチが盛込まれている。

 これは、エリックシュローサーの著書「ファストフードネイション」の映画版であるともいえる。彼らの中には、均一文化と第三国への抑圧という形で描かれるキャピタリズムに深い疑念を持っており、その悪影響をこれでもか、というほどに見せつける。

 確かに、モーガン・スパーロックが映画の中で検診する様子はリアルだ。信じられないスピードで増していく体重。そして悪化する内蔵。あるドクターは「もう止めてしまえ!」と実験中止を要請してしまったりする。さらには、監督の男性器は立たなくなってしまう。

 最後には、アメリカの食教育の貧困さを追及するにいたり、加えて、自らがファストフード中毒になってしまう様まで克明に描いてしまう。

 これはドキュメンタリーなのだろうか。

 答えは勿論「YES」だろう。

 しかし、同時にこれは思想映画であると言わざるを得ない。

 当初、この映画に対しては、「そんなぁ、あんたねぇ、3食ともマックで食べるなんてばさぁ、そりゃ極端よ。そんなことしてるやつぁいねぇって」という批判が浴びせられた。難しい言葉で語る人ばかりだが、まとめるとそういうことだ。

 これに対し、ぼくが言いたいのは、単純にこれは資本主義のダイナミズムを批判している思想映画であり、それ以上でもそれ以下でもない、ということだ。

 もちろん3食を全てマックで、しかもずっと続ける奴はいない。そりゃいるかもしれない。だけれどそれは無視してよいほどの少人数で、あくまでこのメッセージは「たまにマックを利用する」多くの大衆に向けられたものである。

 映画は虚構だ。ドキュメンタリーという形をとっていても、それがフィルターを通されている以上、完全な「事実」ではない。

 この映画は、もちろん貧困層に「いかにマックが安価で食を与えることができるか」という賛美映画にも変容できるだろう。そして第三国の労働者が、マックをはじめとする巨大な企業群の仕事でいかに労働を創出できているかを証明する映画にも変容できるだろう。

 繰り返す、これは資本主義のダイナミズムを批判している思想映画であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 映画屋さんは、どこまでいっても、自分の作品の中で自己の思想を反映したがる。このことはアニメであっても、どんな映画でもそうだ。

 ただし、大きく他の資本主義批判系と異なるのは、「エンターテイメントとして」面白い映画だったことだ。この点は、ぼくが最も感じたことだ。

 いや、むしろ、思想でもイデオロギーでも、そんなことは関係ない。もっといえば、監督のチンポが立たなくなろうが、それによって恋人関係が悪化しようが、マックが悪しきアナルコキャピタリズムの先頭だろうが、全て含めてどうでもいい。

 映画で必要なのは、面白いことだ。感動することだ。それによって、一瞬を楽しめることだ。

 この映画は、思想映画である。その思想は繰り返された陳腐なものである。ただし、一つのエンターテーイメントとして楽しめた。それ以上何があるだろうか?

 そう、映画にそれ以上なんて何があるだろうか。
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by fastska | 2005-09-17 07:51 | 映画エイガえいが
「私って才能ないから」症候群
 「私ってばさぁ、才能ないからなぁ」というコトバをよく聞く。

 それが自虐ならばまだいいのだが、本気で思っている御大もいる。

 この前、ある人が面白いコトを話しているのを聞いた。

 「生まれつきの才能がないだって?お前の努力不足だろ?生まれつきって、お前の親に失礼なこと言うんじゃねぇ」

 なお、この人は最高に過激で自由な人である。

 感動。
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by fastska | 2005-09-15 00:20 | 青春記・旅・思想
常にクールでスマートでありつづけること
a0022864_22581630.jpg 「イケてる?それともイカれてる?」

 そんな問いに対しては、「それ以下だ」と答えるしかない。

 映画「BE COOL」のキャッチフレーズだ。

 ジョントラボルタの主演で、音楽業界を舞台に裏社会の住人の巻き起こす騒動を描いた映画だ。隅々まで見ていると信じられない有名人が出演している。

 話の内容は、輝くばかりの才能をもった少女シンガーがセレブになっていくまでの過程を、ジョントラボルタ演じるチリ・パーマというプロデューサーの視点からコミカルに描かれたものだ。

 ストーリーは最初から最後まで「こりゃねぇだろう」的な展開を見せる(というか、そんなトンデモない展開しかない)。最後には、エアロスミス(本物)と「Crying'」を共演するまでになってしまう。おまけにジョーペリーからの応援メッセージ付だ。

 これは、アメリカンドリームを逆説的に皮肉ったものだろうか。あるいは、全てを突き抜けたアメリカ人の楽観さの表現であろうか。

 意図的としか思えない、皮相的な外国文化への嘲笑。ロシア人は悪者で、日本文化はキワモノとして扱われ、黒人は殺人鬼として最後まで演じる内容は、決して逆転することはない。

 そして、アメリカロック音楽のスターの象徴ともいえるエアロスミスの共演とあっては、「いかにも」という感が拭いきれない。

 この映画を見終わった後、あれほどまでに客が早く去っていくのは初めて見たといってもいい。

 しかし、ぼくは見終わった後に妙な感銘を受けていた。

 これほどまでに何も残らないコメディー映画があっただろうか。見ているものを恥ずかしくさせ、時代遅れのユーモアと、やりすぎな映像実験で、客を疲れさせる通常のB級コメディとは違って、そこには圧倒的な虚無感があった。

 もしかすると、この映画の成り立ち自体が、映画というものでコメディを表現することの強烈な皮肉ではなかったか。所詮映画、というものは虚無である。フィクションである。それであれば、そのフィクショナルなプロットを極限まで昇華させてしまう試みがあってもいい。その意味では、ニヒリスティックな一級映画といえなくもない。

 いや、むしろぼくらはこのような映画が存在できることにまだ希望を感じるべきだろう。

 全てが予定調和的に終わってしまうストーリー群に対して、この「BE COOL」は大いなる挑戦状を叩きつけている。
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by fastska | 2005-09-13 23:15 | 映画エイガえいが
ホリエモンへのインタビュアーは莫迦(ばか)すぎる
a0022864_22592194.jpg 「いや、いやそういうつもりじゃない」。

 一般の人々には知られていない、場面がある。

 ある内閣が組織されたとする。そこに、初入閣の大臣がいたら、「やったぁ」と思うマスコミがいる。

 インタビューは、通常の入閣の抱負から始まる。そして、徐々に話がズレていってしまう。今の政治家は何にでも意見を持つことが「義務」のように思われているから、何でもいっぱしのことをはなさなきゃならない。

 東大卒で民間にずっといた「新」大臣が、まともに北朝鮮の問題など考えたことがあるはずがない。イラク?年金?靖国問題?そんな領域外のことでまともなことを引き出そうとするマスコミは莫迦(ばか)だ。

 いや、実はそうじゃないのだ。そういう問題をいきなり追い詰めて質問し、新大臣からの暴言を待っているのだ。そして、暴言がなんとかなんとか捻出できたら、はい終わり。翌日の新聞には、「新大臣が侵略戦争について言及」なんてやっている。ネタがないのは分かるが、ここまで言説を無理にでも引き出そうとするマスコミは本当に莫迦(ばか)野郎だ。

 今回のホリエモン騒動についても同じことが言える。

 「堀江さんーー。選挙活動の中で、勝ち負け以外の大切さも見つけられたんじゃないですか?」
 「堀江さん、売名を目的とした立候補という噂がありますが」
 「堀江さん、あなたにとって一番大切なものはなんですか?」
 「堀江さん」
 「堀江さん」
 「堀江さん」

 興味深いことに、「将来につながる施策」に注目しよう、といっていたメディアの堀江氏に対する質問は、ほぼ全てが彼を挑発し、しかもその挑発があまりに低級だったものだから、彼の反発を得るものにしかならなかった。

 メディアは彼の政治家としての可能性を少しでも考えたことがあったのだろうか。いや、考えたくもなかったろう。おそらく、メディアは見世物小屋としての舞台装置を広島に見ていたはずであり、どこまでも堀江氏は道化師としての役割を執拗に求められていた。

 いや、メディアの本質は所詮そんなもんだ、という指摘は十分分かる。問題は、そのインタビュアーの質問のレベルがあまりに低いことだった。

 これでは真の彼の怒りを買うことはできないのではないか。彼の卓越した冷徹さで上り詰めようとした、功利主義のてっぺんに輝く、しかしそれでも彼が完全に上りきれていない地点を抉り出す真の評論とは、あまりに遠いレベルではないのか。
 
 そしてそれが来るべき時代の新のジャーナリズムといえるだろうか?
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by fastska | 2005-09-12 23:16 | 青春記・旅・思想