緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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earthcream2000@
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(山塚あて)
*すみません、昨年からずっと最近メールが1万通きていて、見切れていません。メール返信必要な場合はblogに書き込んでいただけると幸いです。

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やっときた梁山泊
 やっと梁山泊からダイレクトメールがきました!

 内容は詳しく書きませんが、特定のパチンコ台の大当たり確率を相当上げる方法を売ります!で5万円!!

 やっとパチンコマニアとして梁山泊からダイレクトメールがくる身分になりました。

 もちろん。。。。買いません。だって、負けても店側にバレるんじゃないかとドキドキしながらするよりも、スカっと負けた方がいいじゃない?
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by fastska | 2005-03-31 23:05 | 青春記・旅・思想
社会が多様化したなんて誰がいった?
 今、世の中は多様化しているという。

 いままで、単一の文化で良かったものが、文化がどんどん多様化しポストモダンが生じようとしている!らしいのである。今まで注目もされなかったマイナー文化が広がり、むしろマイナーとメジャーとの境目がなくなった時代らしい。すくなくとも文明批評家はそういうのだ。

 しかし、ほんとうだろうか。

 例えば、アメリカでは音楽産業CDの売上の実に60%がウォルマートのような量販店によるものだという。したがって、POPな、そしてコマーシャルなものばかりが販売されるようになる。しかも書籍ではハリーポッターシリーズが1000万部だ。

 これのどこが文化の多様性だってんだ?

 確かに色々な文化に注目が集まるようになっているかもしれない。しかし、それぞれのカルチャーに注目していた数は今と同じくらいいたのでは?単にメディアに宣伝されてその数が多いように思っているだけなのでは?むしろ数は減っているのでは?

 コマーシャリズムに侵された文化が単に均一に広がっている、という見方はおかしいのだろうか。それでもやはり文化が多様になっているのだろか。

 中国人が、そしてアラブ人がハリウッド映画に熱狂している今、それでもやはり文化は多様化しているだろうか、そしてぼくらにポストモダンなど訪れるのだろうか。
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by fastska | 2005-03-31 22:55 | 音楽オンガクおんがく
マーケティングなんてうそっぱちだ
 世の中で信じていけないものは、数字で表せない「成果」というものだ。

 マーケティングなんていう分野もその一つだ。どれだけ多くの人が、マーケティングの4P分析なんたらってのをやって結局はなんの成果も出せなかったりする。MBAが、ここにきて実学ではない、と批判されているのも思考ロジックが結局のところ役にたたないのではないかと思われているからだ。

 MBAを学んで得た成果を定量的に表せといっても皆は定性的にしか表せられないだろう。

 例えばぼくが知っている某メーカーの営業はこう語っていた。

 「マーケティングなんて嘘だと思いました。私のいた会社は、子供用のシャンプーと若者女性用のシャンプーの中身を同じにしてました」

 はっとするくらい面白いのはぼくだけだろうか。

 同じ中身でも売り方次第でどうにでもなるというのは言い当て妙。そして同時にマーケティングなんてなんでぇ、結局は出たとこ勝負のイメージ戦略じゃねぇか、というもんである。

 大人用と子供用の区別のつかない女性たちがファッション誌を買ってしたり顔で語っているのは別の意味で非常に興味深いことだ。

 おそらくその意味では、日経新聞に現在衝撃連載を重ねている「愛の流刑地」も、著者が渡辺淳一でなければ、単なるエロ小説であったろう。
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by fastska | 2005-03-29 22:57 | ここ最近の出来事
どうかあなたは生き延びてください
 暗い話を書く。

 この1年で、友人が二人死んだ。一人は自殺だった。一人は病気だった。

 二人とも、ぼくが持ち得ない魅力のある最高のヤツらだった。彼らの才能に嫉妬したことはないが、人間として惹きつけるところがあり、話していて内容が面白い。早い話が、クールな奴らだった。

 それにくらべてぼくはどうだ?仕事上で出会う人々など、どこか会社の面を被ったどうしようもない人たちだった。もちろん、仕事外で魅力的な人たちにも多く出会った。しかし大半はどこか諦めているような、人生の可能性に全てをかけれないような、そんな人たちだった。

 もちろんそんな人としか出会えないのはぼくの魅力が乏しいからだ。そんなことは分かっている。だって、『類は友を呼ぶ』という。その言葉が真実であるならば、ぼくがいかに魅力的ではないかということだ。それ以外にはない。繰り返し、そんなことは重々分かっているのだ。

 だから暗くなっていくのだ。

 止められるのだけれど、毎晩多くの酒を飲んだ。『そんなに一人で飲んでどうするの?』と親しい女性はたしなめてくれるのだけれど、飲んだ。そして、休みの日は基本は一人で過ごした。休みになるたびに発狂しそうだった。「あ、あ、」と試しに口ずさんでみても、誰も返信してくれない。当たり前だ、当たり前なんだけれど、その哀しさといったらなかった。そしてぼくは音楽のこととか、文章のことばかりを考えていた。そして新しいビジネスのことを考えていた。

 とりあえず平日は仕事があるから生き延びることができた。仕事で受けるプレッシャーなど、死に比べたらなんてことないさ、なんて思っては自分を慰め、生き延びてきた。

 周りから見たら全くそのような雰囲気を出していなかっただろうけれど、ぼくは暗かった。おそらくいつかこのまま死んでしまうのではないか、と思った。もちろん表面上は音楽をやったり。文章もそこそこ書いたり、コミュニティーを主宰しているからそうは思えないだろう。だけれど、心底どこか不安で、哀しい時期をぼくは過ごしていた。

 そのあたりから日々じぶんが「したいリスト」をつくるようになっていった。いつかこんなことができればいいな、とか、いつかこういう自分になっていたいな、とかそういうリストを作る。そして会いたい人に日々手紙を書いて送る--普通ではありえないような日々を過ごしていた。古本屋に行けば『ああ、これほど読むべき本を読んでいないのだな』と思い、生きる意味を新たにしたり、その通りに一度で3万円分の本を購入してしまったり、どこかどこかおかしい生活を送っていた。

 その間に、ぼくの好きなロックスターが死に、ぼくの好きな著者も死んだりした。なんだか、お前が好きな奴らは死んじゃったよ、それを追いかけてたお前は莫迦(ばか)じゃないか、と言われている気がした。

 ぼくは食事をあまりしない。だけれど、忙しくて何か食べなきゃいけないときはチョコレートを少し食べるようにしている。あと何個残っている?あと、三つ。あと、ニつ。そう数えていくたびに、最後の一つになる。その一つを食べるのがもったいなくて、でもその一つがぼくに残っているのが嬉しくて。

 こう書くと狂人みたいだが、いずれにせよ、その一つ残ったチョコレートにありがとうといいたくなった。ありがとう一つ残っていてくれて、ありがとうこの一つ分でぼくを幸せにしてくれて。そういいながら幸せを自己演出してみる。幸せがないのならば自分でむりやり作ればいい。幸せを感じ、強引にでも明日に生きるための活力にしていく。チョコレートありがとう、と。

 友人は死んでも、チョコレートはたしかにぼくの目の前にある。そう言えば今日はバージニア・ウルフの命日じゃなかったけ?
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by fastska | 2005-03-28 23:04 | 青春記・旅・思想
「ヴィトゲンシュタイン」という生き方
 a0022864_11491439.jpg伝記を映画化したものならばたくさんある。しかし、ある個人の哲学を映画化したものはさほど多くない。しかもそれが凡人には理解しがたい難解な哲学であればなおさらだ。

 映画「ヴィトゲンシュタイン」を見た。おそらくこの映画はカルトといってもいいほど、B級な雰囲気を漂わせている。

 家族構成からケインズとの死別まで映像化するこの映画は、たしかに万人ウケするものではない。しかも、彼の哲学に興味のない人にとっては退屈な映画だといってもいい。

 彼は「語りえぬものについては沈黙せねばならない」と言った。それは、言語ゲームの中には、必ず「語ることが出来ないもの」があり、それは「構造的に語ることができないと論理的に決定している」ことなのだ---といってもよくわかんないだろうから、それ以上説明しないんだけれど、そんなことだ。

 ウィトゲンシュタインのような自己の哲学が生き方にまで関わってくるような人はツラい。自己の哲学が正しければ正しいほど、現実の生とのギャップにつまづいてしまう。

 以前、気鋭の永井均氏は「日本の哲学者はみんな莫迦(ばか)だ。ヴィトゲンシュタインのように論理的に語ることが出来ない」と言っていた。そして、その論理的過ぎる人間がいかなる人生を過ごさざるを得なかったのか。

 人生をより生きにくくしたい人たちへ捧げる映画。
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by fastska | 2005-03-27 11:57 | 映画エイガえいが
かくも素敵な偽善行動
a0022864_11424277.jpg 名刺を作った。

 会社員ならば当たり前だろう。庶務の女性にお願いして一丁上がり。そして日々会っていくビジネスマンと交換する。これが通常の使い方。

 そして、少なからぬ人が個人名刺を作っている。俺はこういう人よ、こういうこともやってんのよ、みたいなことを刷って渡している。

 実はぼくはこの個人名刺というやつが大嫌いだった。今まで貰ったものには、「おいおいこれ恥ずかしいだろう」みたいな"自称○○"という肩書きがあったりして、なんだかなぁと思ったものだ。もっといえばそういう名刺を作る人は「俺は会社に属しているけれど、実はこれは本当の俺じゃないんだ、本当の俺はこっちのほうだ」なんてことを言いたいみたいで莫迦(ばか)みたいに思っちゃうのだ。

 しかし、最近会社外で色々人々とお会いすることが多く、そのときに仕事と関係ないのに会社の名刺を渡すのはどうだかなぁと考えていた。

 そこで個人名刺を作ることとした。

 (1)できるだけシンプルに名前と最低限の内容を記載したもの
 (2)だけれどとにかく印象に残るもの

 そこでぼくがつくったのは、点字つきの名刺にした。正直1枚あたりの名刺は高い、1枚あたり+50円だ。だけれど、この名刺を数人に渡したら、かなりそれだけで会話が出来る。数え切れない人から名刺を頂いたが印象に残る人はほとんどいない。じゃぁ、こういう名刺に+50円払う価値は絶対にあると思う。

 しかも、この名刺をぼくが発注したのは関東にある某福祉団体だ。盲目の人への募金としてもこの名刺代金が活用される。名刺を渡したときに、こういう福祉への興味を語ってもいい。ちなみに、この名刺が完成すると同時に福祉団体の方から丁寧な礼状までいただいた。ぼくはそれに即ハガキで返信もしておいた。

 空疎な議論を振りかざすぐらいならカネでも弱者に払え、とぼくは思っている。そしてカネで少しでも貢献が出来たらいい。これを偽善と呼ぶなら呼べ。これは大学時代に障害者と触れ合う活動を続けてきたぼくが出した一つの結論である。
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by fastska | 2005-03-26 11:40 | 青春記・旅・思想
livedoor(ライブドア)はいつまで話題をくれるのか。予想バンザイ!
 ニッポン放送の保全抗告が東京高裁から棄却されました。

 判決以前から「ライブドアは負けるでしょう」とコメントしていた皆様、お元気ですか。やっとライブドアを応援している側がメディアの大半にまわることができるでしょう。そしてライブドア「負ける派」は違う方向でライブドアを責めるはずです。世の中とはそういうものです。

 さて、ライブドアはどうなるのでしょうか。まず、以前書いたようにライブドアがLBOでフジテレビを買収しようとするならば、失敗するのではないかと思います。これは繰り返し根拠はない。ただし、多くの例からそう思うのです。

 ところでこの事件を通じて思ったことを書いておきます。

①真のジャーナリズムが大切だ、と言う人がいますが、そんなものはそもそも記者クラブに代表される日本には有りませんので、堀江社長は壊してしまってOKです。
②そもそも放送の公共性など、誰が証明できるのですか。
③LBOは危険すぎる。
④堀江社長は趣味でなくてもネクタイをしたほうがいい。これはスタイルではなく、単なる見た目の問題です。
⑤ライブドアの支配に対し、「反対」を示したフジ系民放社員は、実際にライブドアが支配することになった今どれだけの社員が辞表を出しているのでしょうか。出していないならばやはりその程度だったと言わざるを得ません。だからジャーナリズムなど崩してくれてOKです。
⑥メディアが成果主義の会社に飲み込まれたとき、一体どれだけの社員が「役に立たない」と判明するのか、メディアの社員は楽しみではないでしょうか。
⑦それにしてもニッポン放送とインターネットの融合は、ライブドア金融の数分の一しか稼げないのではないか。それに対して堀江社長はどう考えているのか。
⑧ニッポン放送もどんな形であれ株主に会うのを拒否したのはやばい。これでは株主保護の自己弁護が矛盾しています。ニュースで合併や買収の事件を楽しくおかしく放送していたのではないですか?

などなど。
取り急ぎ。
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by fastska | 2005-03-23 23:17 | 青春記・旅・思想
ジジイを使う!
 最近、韓国の企業の高揚が盛んに聞かれる。

 サムスンが利益1兆円超したとか、ヒュンダイが好調だとか、だ。

 実際ぼくが韓国に出張に行ったとき、恐るべきパワーを感じた。何かが起きる感覚。何かが飲み込まれ、何かが代わりに成長していくような感覚。そういうものを感じることが出来た。

 ただそこに日本の企業OBの姿を論じる人は多くない。

 多くの現場経験者ならば知っているはずだ。どれだけ多くのベテラン日本人が韓国に定年後に流れていっているかを。品質や技術の面で日本のOBが受け皿を見つけることが出来ず、韓国に流れていっているかをぼくは知っている。

 そういう意味では、トヨタが真っ先に打ち出した定年後の再雇用の議論を忘れてはいけない。このことに関して、若者の就職と比して論じたメディアがあったが、全く論点が違う。

 この件は技術の流出と日本産業の防衛から論じるべきもので、ニートのような就職したくない莫迦(ばか)者を例にあげて論じるべきものではない。

 ただ、日本人としては技術力をもったOBとニート若者を並列に論じる姿がお似合いだ。それだけ無防備であるということであり、能天気な雰囲気はぼくらにぴったりではないか。
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by fastska | 2005-03-23 22:34 | 青春記・旅・思想
J-万博への鮮やかな幕開け
 J-POPというコトバが流行ったときは、なんだかなぁという感じがした。

 その後に、J-文学、というコトバが登場したときには、ついに「文学が以前のカタチを捨ててしまう決意をしたのだな」と思った。

 この軽薄なネーニングが時代とマッチしているいえばその通りである。

 そして、X-JAPANの「Forever Love」が自民党のCMに使われるに至っては、まさにJ-自民党の幕開けだったのである。「自民党をぶっこわす」の小泉節が、確かに軽薄なJ文化と合わさったのは象徴的である。

 2005年には、ついにYOSHIKIが天皇の前で、名古屋万博会場でピアノを演奏することになった。

 万博が人々に対して担った役割は、荒俣宏さんの『万博とストリップ 知られざる二十世紀文化史』を読んで欲しい。

 天皇、という一つの世界でYOSHIKIがピアノ演奏をしたことはあった。しかし、今回は世界に向けた万博の会場での演奏だ。せめて、小澤征爾では、とか坂本教授では、とかいう意見を差し置いて、とりあえずYOSHIKIなのである。

 ここでは、浅田彰がかつて行った「J-天皇制のはじまり」という指摘を模倣して、ここでは「J-万博のはじまり」としておこう。

 ここにはおそらく文化の変化の象徴的なものがある。かつてヘビメタ(ヘビーメタルではない)のバンドであったドラマーが万博のピアニストへ。このギャップを考えるとき、「J-万博」のはじまりをぼくらはどのようにとらえたらいいのだろうか。
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by fastska | 2005-03-20 10:53 | 青春記・旅・思想
livedoor(ライブドア)はいつまで話題をくれるのか。マネーゲームと夢の狭間で
 朝日新聞ニュースによると、ライブドアがフジテレビジョン買収に向けて、レバレッジド・バイアウト(LBO)とを使って、3000億円の資金調達を検討しているらしい。

 おそらくLBOという言葉が誰にも正確に理解されないまま伝わっていくのは確実だけれども、少なくともまた大きな話題になるのは間違いない。

 ライブドアはこの3000億円で、フジテレビの過半数株の取得をめざすようだ。

 ニッポン放送の経営権取得にめどをつけ、次はフジサンケイグループの中核企業の掌握を狙う。

 今からいうのは根拠はない。だから説得性もないかもしれない。しかし、やはり言う。

 このLBOは危険すぎる。ライブドアは大きく賭けすぎた。

 この予想は外れるかもしれない。だが、それでもやっぱりこの資本調達は最初の段階で成功しても、長い失敗の前触れになる可能性がある。

 繰り返し、根拠はない。だから説得性もないかもしれない。しかしLBOを仕掛けてまで買収するということはあまりにもヤバい。少なくとも過去の失敗例を見るにつけそう感じずにはおれない。

 このぼくの見通しがある意味外れることを祈っている。どうなることやら、この結論はしばし待てば出るだろう。
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by fastska | 2005-03-17 22:55 | 青春記・旅・思想