緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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earthcream2000@
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(山塚あて)
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少子化を真剣に考える
 最近の雑誌に少子化特集が少なくない。少子化はなんでも、トンデモナイ問題だそうだ。「なんでも」と書いたのは、フツーの人にとっては「あらぁ大変ですよねぇ。いつか日本人がいなくなっちゃうんですって。そりゃー大変ねぇ。だけど、私たちは子供まだ要らないわーー」なんていうどうしようも否定しがたい感想がそこにはあるからだ。

 子供を産まない、という理由を考えてみると

 (1)単純に子供が好きじゃない
 (2)子供を産むのはいいんだけれど、女性が働きながら育てるのは無理だから今は止めとく
 (3)子供を育てるコストがばかにならないから産めない
 (4)もう日本人が皆農家をやっているわけじゃないから労働力としての「子供」は要らない。
 (5)老後の世話を子供に負わせる必要はない。

 ってなもんだろうか。

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by fastska | 2004-08-31 22:28 | 青春記・旅・思想
「キル・ビル」は面白かった。「ラスト・サムライ」はつまんなかった。
a0022864_1339710.gif やっと遅れて、「キル・ビル」「ラスト・サムライ」を同時にDVDで見た。結論はこれだけだ。「キル・ビル」は面白かった。「ラスト・サムライ」はつまんなかった。

 学生時代にいたでしょう。飲み会ぐらいは来るんだけれど、日ごろは日中からアングラな本や映画やB級作品全般に熱中している奴。アングラな話をするときだけ元気になって、小さく笑っている奴。たぶんそんな人だったんだな、タランティーノは。

 そのタランティーノは日本映画の傾倒はありながら、全くのデタラメを遊びながら作っている。「キル・ビル」の中の主人公は日本語を話し、チャンバラをし、人を殺しまくる。しかも日本の深作監督を遥かに超したマンガっぽさとトンデモなさで。ストーリーなんてあったもんじゃないし、ギコチない。そのギコチなさはわざとなのか?ヘタなだけか?それがわからない。もうそんな意味を超している。単純に痛快な映画。

 「ラスト・サムライ」はつまんなかった。あたしは、このように他国の文化を映画で描ききれると考えているとこだけで、文化への畏敬とか畏怖の情を持ち合わせない人間ではないかと思うわけですよ。

 ある監督は、他国のギャングの場面を撮る時に「ギャング同士の会話はついに撮ることができなかった。本物ギャングが見たら、『こんな感じじゃないぞ』と思われるのがいやでいやで、撮れなかった」といっていたものです。たかが10秒くらいのシーンにも他国の文化が染みたところであれば、このように躊躇する監督もいるのですよ。

 しかも、結局のところ、今の時代は近代化を成し遂げた日本よりアメリカ覇権国家がサムライ文化を理解しているということでしょう。なんだーそりゃ。

 ということでぼくは「キル・ビル」に票を入れるのです。
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by fastska | 2004-08-29 13:31 | 映画エイガえいが
「華氏911」とは何だったのか
 「華氏911」を観た。

 確かに衝撃的な作品だった。

 普通、「こいつ莫迦(ばか)だぜ」っていうとき、誹謗中傷やらで固めてしまう。そこに証拠を次から次に持ってきて「こいつ莫迦(ばか)だぜ」とまでいう奴はいない。

 この意味で、「華氏911」はブッシュの莫迦(ばか)ぶりを次から次への証拠で証明を試みた稀なる私憤映画といっていい。ブッシュ大統領のコメントが細切れに使用されており、それが全体の主張を歪曲してしまうことは大目に見よう。

 マイケル・ムーアはその私憤と歪曲を乗り越えて一つのエンターテイメントとして結晶させた。この結晶がこれだけの人に楽しまれていることは評価すべきだ。政治的立場から批判するべきでもなく、まずは映画の完成度という意味で、楽しめるかという意味で、評価しよう。

 その意味では、この映画はまず突撃アポ取材の場面は少ない。全体が他のメディアからの引用や調査取材資料の画面で占められており、これはかなりムーアファンには拍子抜けなのでは?

 しかし、それにしても映画として業績がよいのは見事なものだ。「議員の息子をイラクに送ろう」といって議員に署名を求める場面がある。そして(もちろん)だれも署名しない。「誰も署名しなかった」というナレーションが流れるが、こういう場面などおそらく文章では一文にもならない。渋っている議員の顔やらを効果的に使うという、どこまでも映像的な作品である。

 イラクで燃やされた米兵の死体のアップやナパーム弾をくらった女性の顔のアップ・・・これらは全て映像として意味がある。そして、その映像は既になんらかのメッセージなのだ。

 もしかしたらこの映画は映画を見るものに「メディアリテラシー」能力を問う作品かもしれないと、帰りながら思った。
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by fastska | 2004-08-29 13:14 | 映画エイガえいが
NHK「しゃべり場」について
 テーマ「美しくなきゃいけないの?」・・・・

 下らない。

 ビールを飲みながら観ていたが、この番組の参加者に欠如している自覚は「ほとんどのテーマは真理ではなく趣味を論じている」というところだろう。真理でもロジックでもなく趣味を論じているから、主張の投げあいにしかならないのはわかりきったことだ。そして趣味をあたかも「絶対的真理」として信じて対立することが人間の本性なのかとこの番組は教えてくれる。

 で、テーマ「美しくなきゃいけないの?」・・・・。美については色々な人が色々なことをいっているけれど、次のことを挙げる。

 ・小林よしのりの言うように「美は才能である」
 ・番組中で「ブス」という発言があったが、これは公平中立報道を目指すNHKにはふさわしくない。正しく「顔の不自由な人」と言うべきだ。
 ・「かわいくなくったって中身があればいいじゃん」とか「俺は中身をまず磨くね」とか「中身のある女性の方が絶対いいよ」なんてことよくいうよなぁ。別に二項対立ではないし、中身がよくて美しい女性なんてたくさんいるだろ。
 ・どこかに本当の自分があって、それを目指す・・・・という思考はもう止めよ。どれもこれも自分の他面であるよ。

 最後に。最近の10代の言葉づかいを誰か直してやれ。

「アタシ頭悪いしーー。カワイクもないじゃん。背も低いしーー。だから少しでも化粧とかしてマシになりたいっていうかー」

 嗚呼。やはり日本に必要なのは英語教育でなく国語だ。正しくこう言わせろ。

「私(わたくし)は頭が不自由で、顔も不自由です。しかも垂直方向に他者との差異を持ち合わせています。ですので、そういう観点からしか人を判断しない前近代的価値観を持った男性に好意を持っていただけるように、化粧という本来の自分を隠蔽する装置を利用したいのです」

 よし、まともになった。
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by fastska | 2004-08-28 10:30 | 青春記・旅・思想
限界芸術論
 偶然が思わぬ副産物を作るときがある。楽器のアドリブの集まりが昔のブルースの歴史を創った。だけど音楽だけでなくてもいい。絵筆によるアバンギャルド芸術だけじゃなくてもいい。文章でもそうだ。乱文の中にはっとする表現ができることもある。

 山形浩生さんの指摘を待つまでもなく、W・バロウズはまさにブンガクでそれをやろうとした。文章を切り刻み、ランダムに組み合わせ新たな意味を創出する。かれは、人間は文脈なんて下らないものに桎梏されている、もっと自由になろう!といった。

 その発想は理解できる、ランダムなものの中に潜む隠れた驚き。ビートルズのアルバムの中でテープ逆巻きしたりと最も実験的だった「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットにバロウズがいるのも偶然ではないだろう。

 これをweb上でもやろうという新興芸術の試みにぼくは最近興味を感じている。

  http://www.jwz.org/webcollage/

 上のアドレスでは説明文がこうある。

「This is what the Internet looks like.
WebCollage is a program that creates collages out of random images found on the Web. More images are being added to the collage about once a minute, so this page will reload itself periodically. Clicking on one of the images in the collage will take you to the page on which it was found.」

 まぁつまりしばらく待っとくこと。そしたら自動的に画像がどんどん変わっていく。しかも決まった変化ではない。このソフトがweb上から見つけてくる画像ファイルをランダムにくっつけて一つのアートが完成されていく。

 ではここで問わなければいけない。これはアートだろうか?人間が作った同じようなものはアートで、これはアートでないのだろうか?その差異点は?その価値はどっちが上だろうか? もしかしたらアバンギャルドな芸術もパソコン程度で代替できるほどだったのではなかったかという否定したくてたまらない疑いがそこにはある。
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by fastska | 2004-08-27 23:08 | 青春記・旅・思想
健康と死
 ビートたけしは「タバコ吸うから不健康になるんじゃないよ。健康だからタバコが吸えるんじゃないか」と鮮やかな思想の逆転を促した。

 「健康のためなら死ねる」という言葉がどこかおかしいのは、健康であるということ自体がなぜか目的に感じられるからだ。でもほんとうは、「健康であるから、○○ができる」っていう風になるべきなんだ。
 
 皮肉でいえば、ヒマな人ならば「病気にでもなってみたら」といいたくなる。たしかに忙しい人ほど健康だから、病気などで忙しくなることはない。逆にヒマな人は、精神がたるんでいるなーんて言われては病気になってヒマ潰しができている。

 おそらくカゼになる確率は、忙しさと水を飲む量に反比例し、ヒマとエアコンの使用量に比例している。
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by fastska | 2004-08-27 23:02 | 青春記・旅・思想
ここ3週刊の出来事
近くのアングラ雑貨店に行く。
AVを買ってしまう。
中古バイブも売っていた。
さすがにそれは気持ち悪い。
職場の歓迎会に参加する。
なぜか帰ったらバッグにデビルマンの人形が入っている。
東京三菱のクレジットカードに加入する。
ためしにゴールドカードで加入希望する。
あっさり入れる。
たいしたことは、ない。
インターネットプロバイダに申し込む。
店員が遅い。
のろま、め。
ゴミを出そうとしたら、ゴミ袋が有料。
多量に買ってくる。
車を買う。
新車は、いい。
貯金がなくなる。
ビールでなく発泡酒を買う。
爪が伸びなくなった気がする。
ビタミンB錠を買う。
目が痛い。
肩がこる。
死ぬのではないか。
本をまとめ買いする。
旧職場関係の方からメールがまだある。
神戸の花火大会観覧。
ピカチュウ花火。
莫迦(ばか)か。
新しい名刺を配る。
彼女が実家に遊びに来る。
焼物を見に行く。
ただで何個ももらいやがった。
海に行く。
ひたすら呑む。
パチンコはまけっぱなし。
出張に行く。
山口日帰り。
なかなか楽しかった。
郵便物が名前間違いでたくさん届く。
車でデスメタルは聴けない。
窓を開けたとき恥ずかしい。
26歳になって新たな発見。
水ばかり飲む。
目覚まし3つかけても起きれない。

もうこの辺で、

許して、

下さい。
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by fastska | 2004-08-27 00:58 | ここ最近の出来事
彼女との小さなことから人生の偶然を感じる。
 ぼくと彼女は京都に行ったのだ。

 きっかけはいつものじゃれあいから始まった。

 しりとり遊び。「"ちんこ"からいくよー。ちんこ」「こんどーむ」「むりしんじゅう」「うわき」「きょうと」
 「京都!」
 「京都!ねぇねぇ今度京都に行かない?」
 「『そうだ、京都行こう』なんてどっかのフレーズみたいだけど、いいね」
 「行きましょう」

 先天的に地理と電車の乗り継ぎが全く分からないぼくの手を引っ張って、彼女は人の波を上手くかわしながら進んでいく。ある駅からある駅へ彼女の頭には完全な乗り継ぎ地図が入っていてぼくを導いてくれる。

 京都駅からバスを乗り継ぎ揺れに揺らされる。女子高生たちがわけのわからない会話を携帯電話で話している、そのバスの窓からは古都らしからぬビルが結構立ち並ぶ。そして、金閣寺と銀閣寺。たった二つしか周ってないのに、もう暮れてきちゃって、黄昏の京都。

 京都。そして、関西。

 ぼくが何かのきっかけでいつの間にか住み始めた場所、この地域で色々な人と出会って、傷ついて、そしてぼくは・・・なんてだいぶ前の売れないポップシンガーの安っぽい歌みたいなことを考えてしまい、われながら恥ずかしかった。

 東山区清水寺本堂にいつまでも続く参拝者。長く長く、まるで途切れることなどないようだ。外国人に旅行者に、学生。中学生なんてはじめから寺を見る気がないから、周りとおしゃべり。そして、今晩のあの娘とのことを考えている。一方では女子生徒たちが関心あるようなないようなそぶり。やはりケータイのメールが気になる様子で、目の前の清水の舞台より彼氏からのメールで液晶画面に目が行く。

 彼らは清水の舞台の前で何を思っただろう。米粒のように群集に紛れている彼らは何を思っただろう。その米粒も、笑い、泣き、怒り、誰かと誰かが好きになって、苦しみでもがき、生きている。やがて、自分もこの高さ13メートルの高台から飛び降り、オトナという社会に入っていくのだろう。そのことを知ってか知らずか、いつの間にか仲間入りし、小さな小さな命をすり減らして生きていくのだ。まるで学生時代が人生の頂上であるかのようなメディアの宣伝に乗せられて、彼女らの一部は「今のうちに好きなことしとかないとねー」としたり顔で語るのだろう。

 これまた安物のメロドラマだな、と思った。

 安物のドラマで、この女子高生たちが10年ぶりに学生時代の同級生として揃うのだ。そして彼らは思い出の場所にゆっくりと歩いていくのだ。

 「見てみろよ、あの頃あんなに大きいと思っていたものが、こんなに小さいなんて。そして街。こんなに小さかったなんて」

 彼らは、わずか10年の間に多様な経験をし、泣き叫び、喜び、生きた。しかし、彼らはこの街に戻ってこざるを得なかったのだ。もう一度、もう一度、この街を愛そう。そして仲間達を愛そう。

 しかし、彼らにはもう自分の輝かしい未来を夢見るだけの何かを決定的に欠如している。根性論では解決できない、根本的な何かが欠如していることに気付くだろう、と思う。それは無謀さというか、むこう見ず、という性質かもしれない。

 夢見ることが、既に過去のみの行為だったという逆説。そして、ぼくと彼女の話に戻る。

 そう、ぼくらはずっとずっと過去のみを生きている。

 ぼくらは70年代の終わりに生まれ、90年代の終わりに20代になった。00年代の終わりには30代になるはずだ。何かが起きなければ、そして世界が終わらなければ。

 それにしても京都というのは、全ての歴史をゴッチャ煮したようなところだ。ヘンな寺に、ショッピングモール、そして近代建築の第一人者が設計した駅。中途半端に近代化しなければ、今ごろこの街は・・・中途半端な成長と思い出を引きずるじぶんたちとオーバーラップするかのような感慨。

 もはや「将来のぼくら」は過去のものだ。

 ぼくらは、もはやTVでの固有名詞を遊びあうことでしか、もう生きれない。何をしろというのか、常に新しい食事と新しい音楽と新しいスポーツの情報でしか、そんな狭い世界の中でしか生きられない。

 そんなことを考えながらぼくは彼女と夜の京都にいた。

 「たまに信じられないときが、あるんやけどさぁ」
 彼女が呟く。
 「ホラ、出会ってね6年やん。なんか、ここまで無事に・・・無事っていうのはヘンだけど、無事に・・・ね、どちらとも無事に居続けられたってことが本当に、すごいなーって、不思議に思って」
 ぼくは笑った。それが本気なのか、冗談なのか、わからなかった。
 「例えばね、あなたが死ぬときね、私の記憶も、もう、急に消えるの。ほんとうに、ぱって。あなたの記憶が、全て。もう、覚えてもいないのね。一緒にいた数年間が、もう1秒の間に消えるのね。だって、そんな、死んだっていうことなんか知りたくないやん。じゃなきゃ頭をわざとヘンにする」
 死んだことを知らずに生き続ける?そんなことができるだろうか。運がよければ、そんなことをせずとも忘れてしまえるだろう。世界の終わりがくれば、本当に全てが終われば、そんな心配をせずにただただ終わっていける。
 全てが終わってくれさえすれば。
 終わることすら終わってくれれば。

 無意味なインターネットを眺めて、その無意味な情報を、明日以降の無意味な会話のネタにしたりして、その動きを加速して、その行為自体を疑わなければ、無意味なことにもずっと耐えられるかもしれない。「昨日テレビでね・・・」「この前だれが結婚してね・・・」「この前ホームページでね・・・」

 さようなら!

 全てが終わったことを知らずに、ぼくらは生きている。もう、その週末ぐらしに、新しい刺激のみを求めつづけて。ぼくらは、ただただ忙しくすることで自分の価値を高めたりして。

 さようなら!

 何かの回答を求めるのは止めよう。もう、そこには無意味という「無意味」しかない。清水の舞台から飛び降りて、お金の世界に入り込む。そして、色々な制約に自分を自分自身で規制していく。それだけで充分だ。充分だろう、そうだ、そうじゃないか。

 さようなら!

 疑問を持つ事自体が、この社会を生きる上で、一番のやっかいものだって知っているのは、君自身じゃないか。全ては、TVで見るワイドショーと同レベルだ。君も、ぼくも。それ以上を求めてどうする。

 さようなら!さようなら、さようなら。

 どこに行く場所もないと知りながら、ぼくは京都をあとにした。

 「あ、あれ、あれ。」
 ぼくの耳元で彼女の声が聞こえた。
 「あの人たち、よくここでやってるのよねー。なかなか良くない?」

 梅田で降車したぼくらが散歩している途中で、おそらく10代のバンドが演奏をしていた。決して上手いとは思えないけれど、必死に、必死に、自分たちを表現している。荒すぎるシンバルの音と、こもったギターの音。そして叫ぶだけのボーカル。彼女が指す指の先には、若いだけの演奏があった、この混沌の中で、誰かに助けを求めているような、そんな強い叫びがあった。無数に出現しては消えていく。そんな自分たちの運命を知ってか知らずか、彼らの叫びは響いていた。

 もしかすると、彼らの中に見たのは、むかしの「ぼく」かも知れない。その「ぼく」の弾くフレーズの一つ一つが、心細くも、しっかりと何かに向かって発し続けようともがいている。

 「なかなか、いいね」ぼくは彼女と笑顔で笑いあい、その「ぼくら」に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
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by fastska | 2004-08-26 21:46 | 青春記・旅・思想
書評「英語とお金の非常識な関係」
 人文系の学者は有名になればなるほど「彼の業績は米国の○○の翻訳に過ぎない」とか「外国の文献を単に日本流にアレンジしただけだ」とかいう批判が浴びせられてきた。それでも学生は最先端の学問のネタは外国にしかないもんだから、苦手な外国語(大抵の場合は英語)をせっせと勉強しては読み解いてきた。それをそのまま翻訳して日本のデータを付ければ、はいいっちょう修士論文の出来上がり、なんてのもあった。

 この「外国の研究のコピーじゃないか」ってことにどこか日本人は後ろめたさを感じていたし、有名な学者もどうやら外国の輸入だけでメシをくっているらしいぞっていうことが恥ずべきことのように感じてきた。そりゃそうだ、だれだって「お前は外国の猿真似だけだ」っていわれたら、個性なるものを発揮しないといけないと思わされているぼくたちが胸をはれるはずはないのだ。

 そこにカウンターパンチのように発行されたのが神田昌典著「英語とお金の非常識な関係 上・下」だ。ビジネス書売上のランキングにも入ったこの本は、ぼくなりにいうならば「正しい外国からのパクリ指南書」にほかならない。今まで恥ずかしさを感じていたわれらが日本人よ、恥ずることはない、今からは正々堂々と外国のパクリでお金を儲けようじゃないか、というコペルニクス的大転換を迫る本だ。あえて挑発的にそこまで言ってしまおう。

 箇所箇所ではオカルティックで信用できないところもあるのだけれど、ぼくは筆者の英語学習の必要性について考えた箇所には同感する。一体なんのために英語を学ぶのか?この簡単な質問に即答できる人は少ない。いつの間にかTOEICの点数向上やNOVAの先生と話すことが目的と化している人は多い。しかし本当の目的はそうじゃないはずなんだ。あくまで自分の仕事やお金儲けに使われるべきなんだ。そんな簡単なことを実践させるというはじめてのマニュアル書なのだ。

 高額所得者リストにも載り、外資家電メーカーの日本社長も務めたこのおっさん。どこまでも簡易(平易)な文で読ませることを忘れないこの本は「難解を」よしとする各新聞の書評欄には無視され続けた。このような実用的な平易な本をどこまで活用できるか。それは日本のマスメディアの課題と共に全ての英語学習者の大きな宿題として目の前にある。
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by fastska | 2004-08-26 21:46 | 青春記・旅・思想
すいません、やっとブログ再開
 ということで、やっと再開します。なんで田舎はインターネットごときを契約するのにこんなに時間がかかるのか。ITが地理的差異を縮めるなど嘘だ。

 IT doesn't matter.(たいしたことねぇよ)

 なんちゃて。
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by fastska | 2004-08-26 21:45 | 青春記・旅・思想