緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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earthcream2000@
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(山塚あて)
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ここ1週間の出来事
栃木の女子高生のスカートは短かった。
その後東京へ移動。
東京のそれと比しても栃木の女子高生のスカートは短かった。
だからどうした。
栃木で近くの図書館を見物。
小さかった。
高校生のカップルに恋愛ごっこをさせる場としてのみ有効であるようだ。
読書離れを嘆くのは止せ。
周囲に本がなくてどうやって読むのだ。
親は、英語教育より国語教育に精を出せ。
英語検定より漢字検定が先だ。
電車で隣に乗った女子高生は、「あしたえきに4じにまち合わせ」と書いていた。
漢字で書け。
4時はまだ学校の時間だろう。
それにしてもゴミがよく出る。
やはり不要なものばかりだ。
カンボジアに行ったときは、リュック1つで2週間暮らせたというのに。
旅行好きはそんな事実を知っているはずだ。
なんでこんなに荷物があるのか。
引っ越し屋は「一人暮らしにしては荷物が多すぎる」と言った。
それはほっといてくれ。
メールをチェックすると、またしても「名残惜しい」と旨のメールが4名より届いている。
嬉しくなる。
今回は女性からは0通だった。
洗濯機を買う。
乾燥機つきのやつ。
高かった。
7月にジャーナリストたちの集まりに参加することになる。
ぼくはジャーナリストではない。
しかし、参加させてもらう。
宿題で事前に読めといわれた本が6冊。
すべて栃木にはなかった。
東京で探すと、すべてあった。
これを日本の見えない格差というのか。
合計12,360円。

この辺で

もう

許してください。
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by fastska | 2004-06-30 17:08 | ここ最近の出来事
ここ1ヶ月の出来事
弟が雑誌「JJ」の各大学王子様紹介欄に載る。
母親が自慢して見せてくる。
改めてサザンオールスターズの過去のCDを買う。
役所に行く。
いつもながらの機械的な事務対応にキレそうになる。
引越しをするので、離れてしまう彼女が泣く。
同窓会の誘いがきたので断る。
引越しのの準備を続ける。
実際職場を離れるとき、78通もの「頑張れメール」が届く。
少し嬉しくなる。
しかし、女性からはわずか3通だった。
とにかく汗が出る。
ネパールに行ったときガイドしてくれたネパール人からメール届く。
でも英語の文法間違いすぎ。
引越しをする。
ほとんど無駄なものばかりだったのでほとんど捨てる。
昔録音した曲が引越しで出てくる。
恥ずかしかった。
人間の保有物の7割はゴミではないかと思う。
彼女の両親に会わされる。
各種住所変更手続きをする。
とにかく眠れない。
繰り返し、サザンオールスターズの過去のCDを買う。
昔の友人が、つかこうへいの演劇の主役で全国を周っていることを知る。
給料でパチンコをする。
久々にマクドナルドに行く。
彼女が泣く。
バタイユの「淫らの塔」が出てくる。
読んだら、時間を浪費してしまった。
これまでの職場で誰からどんなひどいことを言われたかエクセルでまとめる。
それを今の職場出社最終日に社内webにアップロードする。
無意味にお菓子を買う。
甘い。
九州の実家に久しぶりに帰るが18時間しかいなかった。
マルキドサドのファンの掲示板に書き込み。
「君は狂っている」と返信される。
その後、hotmailに「死んでしまえ」というメール。
3年ぶりに彼女とプリクラをとる。
帰り際に彼女が泣く。
多くの人にお別れの手紙を書く。
手首がしびれた。
あまりに親しくしていた数名の方から飲みの誘いを受ける。
そのうちお二人と飲みに行く。
「あんたくらいや、もう今の時代に真剣にぶつかっていける相手は」と言われ少し泣く。
引越し準備を続ける。
引越しの準備をしながら、メルツバウを聴く。
効率が落ちた。
携帯電話に取引先の方からメールが届く。
激励の文面だったので、また、少し泣く。
次の日の朝、またパチンコをする。
大負けする。
映画を見ようと思い、走って劇場に行く。
開始10分過ぎており、諦める。
少し、哀しかった。

もうこんな感じで

許して

下さい。
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by fastska | 2004-06-25 23:54 | ここ最近の出来事
禁忌 ~ 開かれぬこと
a0022864_82641.jpg 今メディアで固有名詞を歌う歌手はないといっていい。

 Aikoは曲の中で「テトラポット」という単語が入っていただけで、テレビで歌うのを禁じられた。「テトラポット」は登録商標らしいのである。この程度で規制してしまう。あら恐ろしき。

 逆に面白いと思ったエピソードがある。NHKを批判する歌があり、それを歌うと絶対ダメだ、NHKなどという固有名詞を挙げて批判してはならない、とその歌手は言われた。
 考えたその歌手は「NHK」ではなく「犬(イヌ)HK」と歌うことで禁止を免れた。見事、であった。

 ここで2つの疑問が呈される。

 1つ目。「NHK」ではなく「犬(イヌ)HK」とするだけでOKであれば、単なる形式の問題なのか。

 2つ目。歌う側の精神の問題は批判されないのか。

 まず、1つ目。少なくとも、形式の問題だけだった、とこの例ではいえる。英語の単語で音的に差別用語を歌っても、おそらく規制するほどの論理はない。

 2つ目。この問いはかなり深い。よく差別関連の問題を扱う人々はこういう。「用語が問題ではなくて、それを使う側の精神が問題だ。同じ単語を使うのでも、使い側の差別意識が問題だ」と。しかし、考えようによっては、形式を規制するのがマシで、憲法で国家から保証されているはずの個々の自由思考の精神を規制しようとするのは”してはならない”のではないか。

 誤解のないようにいうが、ぼくは差別主義者ではない。むしろ逆だ。本当だ。差別することによってしか自己の立場を確認できない人々を、ぼくはニーチェ的「弱者」と見る。

 ただ、それにしても自分が経済的損失を被らない限り規制は究極的にできない、と思う。精神的に被害を受けても、それは加害側に規制を与えることができるのか。殴っても、罵声を浴びさせても、規制は究極的に不可能である。それでも認めないかは別の問題である。

 ここは分かってくれる人が少ないが、書く。

 「被差別者は、むしろ差別者の方が哀れで虚しき立場になるように、大きな思想の逆転を仕掛けるべきである」
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by fastska | 2004-06-25 08:27 | 青春記・旅・思想
遠いどこかで
 いつでも電話したり、会って、真面目な話を長時間できる友人を最低2人は用意しておきましょう。

 ぼくの場合は、音楽分野一人、経済ビジネス分野一人、技術分野一人、をそれぞれ有しており、たまたまぼくよりもかなり年配の方々です。

 この相談相手に共通しているのは皆優れた人生の指南者であることです。そしてできる限り、自分の考えに批判してくれる人であることが望ましいでしょう。

 電車で隣の高校生の会話を聞いても「~~でさ~~」「マジで~~」みたいに相互批判がありません。おそらく大学生も一緒でしょう。そして日本的世間を考えるならば、同世代で批判を面と向かってすることは難しい。ぼくが年配者を進める点がそこにもあります。

 おそらく今まで以上に「どんな大人になるか」という問いが重要になってくるはずです。同世代から見ても、年配から見たら「ダメだ」ということは頻繁に起こることであり、さらに社会の中心はそれら大人の理論で回っていますから、大人に自分をさらすことは自分の価値がどの程度かを知ることにもなります。

 相互批判からはじめましょう。あの、知ったばかりの知識をふりかざして、生硬な理論をふりかざして、どんどん「大人たち」に挑戦していきましょう。

 もう、なぁなぁの関係では強くなれない時代となりました。
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by fastska | 2004-06-25 07:58 | 青春記・旅・思想
若き友人への手紙
 ねえ C君。

 今の社会なんて、くだらないと思いませんか。そして今の現状なんて、くだらないと思いませんか。

 本当に。

 みんな適当なことを言って、結局は違うことばっかりやってる。昔、同じ志を持って話したあの友人たちも、いまじゃぁそこらへんの人になっちゃってる。

 なんか考えただけでばかばかしいと思いませんか。

 ねえ C君。そう思いませんか。

 彼らのなれの涯てを見て、夢と理想と現実とを生きたきみは、どう思ってるんでしょうか。

 ねえ、C君。

 きみは創作でなく、変容させることに生きた。1つの題材から、それをパロディ化することに、いやいや全く違った形をもって驚かせることに生きた。そしてそれは自分の現状をもパロディ化してしまうほどのラディカルさを持っていた。

 それを普通は「編集」っていう。

 その編集力はぼくを驚かせてくれました。本当に感心しました。

 ちなみに、ぼくはパクリやパロディは全く悪いと思っていません。その行為によって、新たな価値が発生するわけだし。むしろ、なぜ皆がパクリを求めるかという、その社会的状況を解明したいくらいです。
a0022864_84030.jpg

 で次に、最近のことなんだけどね。

 ねえ C君。パロディと編集に生きた君が、普通の生活を求望するのは、何があったのですか。

 きみなら猛然と反対するだろうけど、現状を見てくださいよ。

 決まりきった仕事に行っては、お金をもらう。そういうプロセスを繰り返していれば、他の時間が無くなるのは当然です。ぼくがそうだから。もちろん、それでも時間を工面しては編集に生きることはできます。

 だけど、ねぇC君。

 5時から9時まで働くなどという業務形態など、たかだか200年の歴史しかないのですよ。アクロバチックでエキセントリックな「一個人」を求める君にしては、あまりに最近何かに縛られてはいませんか。

 そういう現実を一番知っているのは、頭のよいきみではないですか。ぼくがついにできなかった「過激さの継続」を、ぼくは君の中に見ていたのに、です。

 ねぇC君。もうさいごにもういっこ、話していいですか。

 自分を信じる、という単純な行為のなかには二つあります。

 一つ目が、プライドというやつ
 二つ目が、自己信頼というやつ

 プライドっていうのは、早い話が自分の属する世界や社会から認められたい。信じられたい。その気持ちが裏返しで責任のように感じるってこと。

 自己信頼っていうのは、試行錯誤を繰り返して、確固たる何かを持ち出すということ。

 ぼくねぇ、C君。君と出会ったときは、自己信頼がものすごく高くて、ぼくなんかが入り込めないような世界があって、本当に好きだったんだよ。でも、最近はどこかプライドの方に傾斜しちゃってるように、ぼくには思う。

 メディアに出たいとか、まさにそれだよ。自己信頼性が低くなっちゃってるのに、プライドの方が高くなっちゃったら、それは結構キツいと思う。それにぼくは、自己信頼を極限までに高めた末にしか、転地はありえない、とさえ思うよ。

 ねぇ、C君。もう一度、他者なんて気にせずに、試行錯誤の末を見てみませんか。いや、本当にですよ。少し、場所は離れちゃうかもしれないけれど、本当にやってみませんか。楽しく、失敗しながら、色々試して、強くなるってこと、一生懸命やるってこと、これやってるうちに、いつかきっと出会うと思う。
 
 ねぇ C君。さいごに、きみは今どう思ってる?

 きみならこの不条理な社会を理解できるだけの柔軟性があると思う。

 どうだろう。

 ねえ、いっしょに考えてみませんか。

 ねえ、いっしょにこのとんでもない社会をかろやかに生きてみませんか。

 ぼくはマジです。
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by fastska | 2004-06-20 08:35 | 青春記・旅・思想
世界の中心に、愛はなかった
 「愛」「愛」っていうけどさぁ、とぼくは思う。

 なんでも最近は「愛があれば」なんてことをいうからいやなのだ。それで全てが許されるかのごとき、どこか怠慢すら感じてしまうのだ。

 「世界の中心で、愛をさけぶ」は立ち読みしたが、おいおいというくらい凡庸で止めた。だれかが「、」がタイトルにあるのは「なんとなく、クリスタル(田中康夫)」の系譜を辿る小説ヒット作である、というのをきいた。だけど、「なんとなく、クリスタル」には文明批判があったけれど「世界の中心で、愛をさけぶ」には何もない。

 そもそも「愛」なんて言葉はなかったのだ。

 本当である。発見されたのだ。

 「愛」ということは、近代自我の発展と軌を一にする。個が存在しないときは、そもそも自由なパートナー選択はありえなかったから、愛の悩みなど存在しなかった。明治大正以前にありしは、そもそも「情」とか「恋」の概念はあったけれど、全てを包含し身を捧げてもいいとされる「愛」の概念などなかったのだ。「愛」は「愛でる」という、物の美しさ素晴らしさをほめ味わうことに使われていた。

 考えるだけでこれはすごいことではなかろうか。

 「愛」などなかった。「愛」の概念が発見されてから、そこには昔から愛が<あった>ということになったのだ。

 つまり、存在が先ではないのだ。言葉の定義が先だったのだ。

 そもそもなかったことが「存在しだす」。これ自体がぼくにはあまりに興味深く感じられるのだ。

 だから、恋愛で悩んでいるという言説を読むたびに、それが逃れられないほど桎梏されているその事実に、近代自我誕生の脅威を見る。それが疑えないくらい心を覆っていることに驚愕を感じる。

 言葉が世界を創った、というキリストの言葉を信じてしまうのはこんなときだ。
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by fastska | 2004-06-16 07:34 | 性セイせい
日本男性へのペーソス(性的優劣論)
a0022864_113419.jpg アニメで出てくる女性の登場人物の髪の毛の色はなぜ、グリーンだったりレッドだったり金色だったりするのか、という単純で難しい疑問がある。

 それを、アメリカ文化へのあこがれ、というのは簡単である。しかし、日本のアニメーターや読者がいちいちアニメをみるときに「アメリカひいては欧米文化へのあこがれ」を胸に抱いているか、と問うと、そうじゃねぇだろうと思う。

 ではなぜか。そこには、日本の虚構と現実を区別する考えがもともとなかったからだ、と言い切ってしまいましょう。

 つまりどういうことか。日本アニメでは「一体ここがどこか」という問いを投げかけることはできません。もちろん200X年東京、なんて前置きはあるものの、大抵はそこが一体都市部なのか、田舎か、透明な空間のまま動き始めます。日本において舞台は常に「存在しない」ままでありつづけました。

 日本の現実と乖離した、だったりレッドだったり金色だったりする女性の髪の毛の色も、そうやって理解できます。そもそもはじめから失われている「現実性」は取戻しもしようとされないわけです。

 しかし、ここで問題があります。

 最近の多くのマーケティングは女性に対して行われます。それが何故かを解明するのは後日書きます。いずれにせよ最近の多くのマーケティングは女性に対して行われています。そして成功しています。

 大胆に、透明な存在から脱却できぬ男性、リアルな現実に生き始めた女性、と枠組みを設定してしまいます。

 特に外国では日本女性が外国人男性と歩いている姿をよく見ます。しかし日本男性の逆のそれは見たことがありません。日本男性はせいぜい現地で「日本女性を」ナンパするのがせいぜいです。まだ異国でも幻想で透明な存在を求める哀れな生き物。

 オタク文化が席巻する今、最も深刻なのは、下層の男女のレベル差が離れてきたことだと思います。
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by fastska | 2004-06-13 11:35 | 青春記・旅・思想
北朝鮮の問題とその他
a0022864_231025.jpg 「北朝鮮の崩壊を最も恐れているのは日本である」と何故だれも声に出して言わないのだろうか。今回の小泉首相の訪朝のときもそのような意見は皆無であった。しかし、あえて新たな視点を加えるためにも言わなければいけない。

 「北朝鮮の崩壊を最も恐れているのは日本である」

 こう言ってしまおう。

 なぜか。簡単だ。金体制が崩壊したらどうなるかを考えればよい。他の崩壊国の事例と同じく大量の難民が発生せざるを得ない。これは歴史の必然であり、過去を知る人であれば帰結すべき内容だ。

 では何十万人という難民が日本にながれてきたときの状況をあなたは想像できるかな。いやいや、それがダメだって言うわけじゃない。むしろぼくは少子化と税制の不条理を難民で解決してもいいと思っている。

 だけどだけど、普通の人々は北朝鮮の方々が入国してきてもいいと思っているのかね。労働体制はもちろん変化する。これも結果として、だがそのうち一部は売春業に流れていくだろう。それを受け入れるのかな。日本男性は北朝鮮人を抱き、結婚にいたる想像力を持ち合わせているかね。

 繰り返すぞ、これは良い悪いじゃない。

 その想像力を持っているかを問いたい。その売春婦を摘発して、次の仕事を提供できる場が日本にはあるかね。

 金体制をぶっつぶすことだけを声高に叫んでいる評論家に聞いてみたい。「日本は北朝鮮人何十万人を受け入れる準備がありますか」と。むろん、難民受け入れであれば再教育するのだよ。わかりますか。

 ぼくはあんなに民主的でない国を「北朝鮮民主主義共和国」といってしまう人に加えて、単純批判してしまう人にも深い疑念を感じてしまうのだ。

 「北朝鮮の崩壊を最も恐れているのは日本である」
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by fastska | 2004-06-12 23:11 | 青春記・旅・思想
ところで 人は多く その中の 一人なのだなぁ ということ
a0022864_8954.jpg 具体的には言いませんが、このブログの訪問者の数を見ると結構な数の人がきてくれているのですよ。

 それに対して、書き込みは今までほとんどなくて、それはどうしたものかなぁと思っているわけです。

 ハタと思ったぼくは友人に聞いてみたところ「ああ、いつも読んでいるけど、あんな文章にコメントできようもないだろ」と言われました。

 ああ、なるほどそれはそれで光栄ではあるなぁと思ったのだけれど、じゃぁコメントはいいから、この場を借りて「リンク」を張ってくれる人を募集させてください。別に、このページはリンクを張ってくれなくてもいいです。ぼくだけがリンクを張ってもいいです。

 パソコン雑誌だけで100誌を超えるこの日本では、雑誌の1つくらいに本名で連載を持っているからといって、近所の人に気づかれることはまずない、と言っていいでしょう。そういえばだいぶ前に著名な評論家の人からも「いやぁほとんど外でも見知らぬ人に声をかけられたなんてことないなぁ」という話をききました。

 そんなもんです。

 おそらく確率で言うと、幼稚園から大学、会社を経た今までにクラスメイト(英語の発音ではクラスメートではありません)の女性でAVに出演している人が1人くらいいてもいいはずです。でもいたとしてもほとんど気づかれることも気にされることもありません。

 おそらく今国民皆がメディア願望にあふれているから、自己だけを肥大化させて、ありもしない幻想だけをいだいちゃう。長崎の小学生の事件なんてまさにそうでしょう。もっと冷静に考えろっつーの。HP持ったくらいで世界の中心でもないっつーのー。

 あくまでも「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」っていうのが正しい態度なんだと思う。ほら女性の胸の写真が、どこにでもあふれる単なるシンボルに見えてきた。もうぼくらは熱中しないでも生きていける。インターネットなんか、もう手段に過ぎない。

 そしてその手段で、かるーく、かるーく、リンクを張って欲しい人を募集しているのです。
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by fastska | 2004-06-12 08:11 | 青春記・旅・思想
性器とシンボル
a0022864_53845.jpg 文化人類学的にいうと、男性のネクタイはペニスの象徴であり、女性の口紅はヴァギナの象徴です。

 といっても通常の感覚を超えることなので「そんなこといってもなぁ」と感想を持つのが普通でしょう。普段の仕草が男女の性的な舞台装置の一部として稼動しているとされることは面白くもあります。

 口紅を塗らない女性にセックスアピールがないかというとそうじゃないし、ネクタイをしない男性が魅力的ではないかというとそうではありません。ただ、公式な場では両性ともその「飾り」をするのであり、起源は間違いなく異性へのアトラクションでした。

 よく考えれば、ここには「やっぱり性格よね。本当に魅力的な人って」みたいな皮相的な言論を遥かに超す核心が有ります。やはり異性へのアピールは外見であり、その一定ルールに従ったところにあるのです。

 したがってぼくは「他人からどう見られようと気にしない」と言う人を信用しません。それは他者からの視線の逃避にすぎません。

 話を戻します。セックスに関して。

 端的に、男性はもはや「幻想の女性しか抱けない」といってしまいます。男性の興味はすでに女性器との接触による快楽や女性器の機能性ではなくて、それ自体の持つシンボル性です。

 でなければ、あのおびただしい数のAVの中で女性たちが、男のもっている女性の身体に対するファンタジーに合わせて、女が演技することはありえません。(なお、最近成長激しいAV制作企業のSODはここらへんを上手くついていると思います)

 そのファンタジーの中心は女性器ですから、そのファンタジーを増幅させる形でパンティーも変化してきました。思い出しても見てください。昭和初期にどれだけの女性がパンティなどというものを身につけていたか。それが情報社会への突入によって女性器のシンボル性を高めるために、むしろ女性器を隠すものとして逆説的にパンティが登場しました。

 そうでも考えないと、ノーパンからブルマー型のパンティからいまのようなタイプのパンティへの変化は、断絶が大きすぎます。

 最後に取り去る小さな布切れがパンティです。つまり最後の部分を隠す、取るために隠す装置です。そう、もはや男性は「幻想の女性しか抱けない」のです。
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by fastska | 2004-06-12 05:39 | 性セイせい