緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
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earthcream2000@
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(山塚あて)
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カテゴリ:性セイせい( 35 )
虚像女性は美しい
この前、テレビCM関係の仕事をなさっている人とお話したところ、「今のCMは、単に人が話しているだけのようなものであっても、ほとんどの場合CGが使われていますよ」と言われた。

CGとはもちろんコンピュータ処理のことなんだけど、どこに使っているかというと、女性の顔。女性の顔にはシミやシワは「許されない」ことになっているようなので、それを消していくのだそうだ。しかも、ほぼ全てのCMで。

この話を忘れていたところ、昨日ある著名人のBlogで「最近の宣伝写真を見ると、全て後処理が加えられている。なんなら、すっぴんで撮影して、それをCG処理した方が早いくらいだ」とまで(大意)書かれていた。なるほど、テレビCMだけではなく写真もそうか。

よく思えば、本当の女性の美を見たいわけではなくて、幻想を見たいのだからそれも良しとするか。それが虚像であっても、美を感じるだけ良しとしよう。

もうちょっとしたら完全CG女性がCMで演じるだろう。それに美を感じたら、どうなのだろう。おそらく実際の女性に感じる美であっても、CGの女性に感じる美であっても本質的に違うところはない。

いや、もしかしたら現在のテレビCMの何割かは既にCG女性かもしれないな。昨日すれ違った女性はどうだったんだろう。
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by fastska | 2007-08-09 22:43 | 性セイせい
希望の女性論
一つの妖怪が日本女性にあらわれている、個人主義の妖怪が。いまでは、日本のあらゆる女性が、この妖怪にたいする神聖な討伐の同盟をむすんでいる。高貴でも貧しい女性でも。

ある女性は、「彼が家に来ると嬉しいんだけど、翌日には『早く帰って欲しいな』って心では思ってる」と言った。ある女性は、「なんだか周囲が結婚していると『そういうことしなきゃ』って思っちゃうけど、本当は結婚なんてしたいわけじゃない」と言った。

彼女たちの中心に流れるのは、「自分が何をしたいか」という超個人満足主義であり、そこには「自分がしたいことを最優先する、という考え自体が一つのイデオロギーにすぎない」という自覚は全くない。

そう、その自覚など全くなくても良い。

こういう女性たち--、すなわち全ての女性は実は一人になることを望んでいる。彼氏がいる、いない。結婚している、していない。はこのとき本質の問題ではない。一人でいた方が、自由に動けて働けて、何より「ときにはいて欲しい」男性と常に一緒にいる必要はない。

常に寂しい。だけど、一人でいたい。これは自由主義社会の一つの帰結なのである。

おそらく社会は核家族をはるかに超越して、「一人家族主義」がやってくる。家族の姿をとりながら、中ではバラバラで、かつ個々人を尊重しながらお互いがそれぞれ独立しておのれの幸福を求めるときが。

「女性は結婚まで処女でなければいけない」という幻想が実は昭和に捏造された。現在では、みなが知っているように、そのような女性はおらず、それ以前のオープン性制度に回帰した。そして、その動きはついには、ときと場面に応じて男性を選択するという時代に入っていく。恋愛用の男性と、結婚用の男性。快楽セックス用の男性と、妊娠セックス用の男性。

自由選択時代が倫理としても非難されず、経済合理的な選択として賛美される。女性は常に自分の皮膚感覚をよしとして時代を創り上げてきた。それはみも蓋もない正直な自我が浮上してきたときだ。まさに今、その個人至上主義という妖怪が登場している。

万国の女性よ、団結せよ!
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by fastska | 2007-08-09 22:43 | 性セイせい
滝川クリステルが脱いだ!
というタイトルのスパムメールが届いて、「そりゃそうだよなあ。風呂に入るならば脱ぐしなあ」と思ってすぐに削除する。

こういうことを言うと、すぐに理屈屋だ、という風に言われる。「宝くじを買った人から億万長者が誕生!」というコピーを読んで、「そりゃそうだよなあ。ビジネスで成功した人の中では、宝くじくらい買ったことのある人はいるよなあ」とすぐさま考えてしまうのだから、おそらくぼくの疑い性はかなりのものだろう。

相手が伝えたいことと、自分が理解することは、ほとんどの場合異なっている。コミュニケーションの99%は誤解で成り立っている、というのは非常に興味深い考察だ。

いや、よく思えば、ぼくらは他人に、たとえ恋人であっても理解されたくないのではないだろうか。恋の始まりは「あなたのこともっと教えて」であり、恋の終わりは「もう、あなたのこと分かったわ」という言葉で捨象されるということはかなり示唆的である。

他人から全てのことを分かって欲しくない。そして、自分だって他人のことを全部知りたくはない。分からない、ということが実は明日を生きてみようと思う動機の本質ではないか。
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by fastska | 2007-07-01 23:42 | 性セイせい
モテる男
モテる男の定義。

1.清潔なこと
2.顔が良いこと
3.一緒に居て不快にならないほど、さっぱりした性格であること

と思いつき、メモを重ねる。
こういうことやっているから、本の執筆が遅れ、もう一冊の英語本ができないでいるのか。

おそらくこれまでの恋愛論の決定的な欠点で、2.を明確に書いてこなかったことだ。何が「面白い人がモテる」だ。どう考えても、みもふたもない結論だが、2.が重要ではないか。

外見なんてどうでも良いよね、とまで言ってしまう人には、「周囲からどう思われても良いなら、それは動物と一緒だ」と反論しておく。

あっ、あんまり書くと、「お前はどれにもあてはまっていないじゃないか」と女性から言われそうなのでやめておこうっと。
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by fastska | 2007-07-01 23:40 | 性セイせい
恋はいつも未知なもの
ちょっと思うところあって、恋愛小説を集中的に読破中。

2冊目の執筆も目処がつき、3冊目に移行しようとしているところだが、「いかに人を感動させるか」を恋愛小説からヒント得ようとする試み。

それにしても江國香織もはじめて読んだよ。あたしゃあ。そう、唯川恵も森瑤子も。

表現しだいで与える感情を異ならせるということはすごいことだ。
身近な表現も変えてみよう。

2歳児:「うむ。確かに、私の年齢は2歳と言えなくもないし、それを否定するア・プリオリな根拠もないように思われる」

とか

浮気がバレた男:「ええ、確かにそのような行為がありうると思う所存ではありますが、その疑惑払拭に善処する気持ちを再確認したところでございます」

とか。

だいぶ感じ方が違うものね。
日々勉強である。
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by fastska | 2007-07-01 23:36 | 性セイせい
最高の恋人 ~ 全てバッチリを批判する
この前、自分の目の前のことが信じられなかった。

最近、よくビジネス関係の人たちと出会うことが多い。ITだったり、コンサルタントだったりだ。

それで、ちょっと前に出会った「最高の恋人探し」ビジネスを営む方の話だ。

ビシっとスーツを決めたその方は、なぜだかぼくを気に入ってくれてオフィスにまで呼んでくれた。「キミの文章面白いねぇ」と、彼はぼくのメルマガの読者だったのだ。

そのオフィスで繰り広げられていたのは、驚くべきものだった。

何十台?いや、何百台はあっただろうか?パソコンが異常な速度で処理をし続けているのだ。

何を?その企業に登録してきた何千、何万という男女のマッチングを「科学的」に検査しているのだ。

PC技術の進化とDNA、脳科学分野の発展が目覚しい。彼曰く「男女の詳しい情報を入手すれば、遺伝子上その二人が上手くいくかどうかは、98%の確率で当てることができる」というのだ。

もちろん、入会するには相当な情報を提供することが必要となる。詳しくは書けないが、IQとかそんな程度の情報じゃない。だけど、それだけ情報を提供することが、その後の精度の高さを保証するものなのだ。

そして結果がすごい。そのシステムが天文学的上のケースを、何万回もの計算をした結果はじき出した「最高の恋人」は、90%の割合で結婚しているのだ。しかも、そのあとの離婚が一件もない。感謝の手紙が彼の元には相次いでいた。

あとの10%は?ぼくも質問した。それは彼曰く「家柄が合わないなど、本人同士の責任ではないこと」が原因のようだ。彼は「あれほど最高の二人が結婚できないというのは不幸なことです」と言った。

「ところでね」彼は言った。「この前、非常に面白いことがあったんです」と。

「この前お越しになった女性がいましてね。一週間後に『最高の男性』が見つかりました。私どもは本当に『最高』のパートナーを紹介しますので、全員に紹介できるわけではありません。本当に合っている人しか紹介しないんです。その人の将来のためですからね」

「それで?」とぼくは訊いた。

「そう、運良く彼女に『最高の男性』がいらっしゃいました。本当に良い相性だったんです。絶対に幸せになる脳細胞の組み合わせでした。シミュレーションでも、間違いないはずでした」

しかし、彼女は言ったのだそうだ。

「彼女はすぐさま、携帯電話を取り出されました。『何をするのだろう』と思っていたところ、彼女は携帯に映るとある男性の写真を私どもにお見せになったのです。そして『ありがとうございます。でも、その男性を紹介いただく必要はありません。今、私にしてくれた話を、この男性にしてくださいませんか?私とこの男性が最高の相性で、それはDNA上でも科学上でも証明されているって話を、この男性にしてくれませんか?』と彼女は言ったんです」

聞けば、彼女が携帯電話に撮っていた男性とは、ずっとずっと好きだった男性だったとのこと。「お金は払いますので、どうぞよろしくお願いいたします」と彼女は言ったそうだ。

どんなに似合う男性よりも、自分の主観が『好きなアナタ』。

あまりに面白い、と思いませんか?みなさん。
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by fastska | 2006-07-03 01:04 | 性セイせい
差別を徹底的に批判する~超差別反対主義
差別はいけないのである。

それに気付いたのは会社に入社したときのことだった。

ぼくは取引先との電話を切った後、思わず「バカかよ」と言ってしまったのだ。

そのとき、当時の課長は「バカ、なんてコトバは止めなさい」と教えてくれたのである。

だから、ぼくはそのとき以来、バカというコトバの代わりに「頭の不自由な人」という表現にしたのである。

つくづく人生は良き師と出会うものである。

その後、「頭の不自由な人」という表現を使っていたときに「そんなコトバお使いになりなさんな」とアドバイスをいただいたのだ。尊敬する方からである。

ぼくはそのとき子供にも分かる表現を使ったにもかかわらず、相手が分かってくれなかったのだ。よって、その日以来、理解力がないのは、その人のせいではなく、環境のせいであることに気付いたのだ。

それ以降ぼくは、「頭の不自由な人」の代わりに「両親の教育的配慮を授からなかった哀れな御霊」と呼ぶのである。全ては教育に問題があるからである。だからぼくはこの哀れな御霊を量産する「ゆとり教育」に反対なのである。

ぼくは同じように「ブス」と言ってしまっていたが、誤りであり、差別的であることに気付いたのだ。

差別はいけないのだ。それは魂を汚すのである。

最初は「顔の不自由な人」と呼んでいたぼくも、「醜いDNAを不運にも授かってしまった御霊」と呼ばねばならないのである。

差別はいけないのだ。

いけないのだ。

その「個」ではなく、社会が悪いのである。

だはっ
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by fastska | 2006-05-29 23:03 | 性セイせい
もう「私には彼氏しか要らない!」女性たちへ
 なぜあんなに不要だと思っていた彼氏が必要になるときがあるのでしょうか?

 あんな男なんて、と思って別れた女性が、ときに全ての男性についても「要らない」と思った数ヵ月後に、なぜ違う男性に惹かれていたりするのでしょうか?

 彼女たちは皆気づきだしているのです。

 「ああ、やっぱり身近に居てくれる男性(ひと)がほしい!」

 ところで、以前、映画「ブレードランナー」を見たときに、こういう示唆的なコトバを発する登場人物がいました。

 「記憶さえ埋め込めばアンドロイドは人間になる」

 独我論から実存主義から、色々な哲学流派がこの「記憶」という問題を論じてきました。

 批判する流派もいますが、本質的ではなく「あくまで感情的には」この記憶という側面は非常に大きいのではないでしょうか?

 もし曲解してもいいのであれば、こう言いたい。

 「人はいつも記憶を共有してくれる人をそばに置きたい」

 女性はきっと、「あのときあんなに楽しかったね」と、隣の男性(ひと)に語りかけたいときがきっとくるのだと思います。「あのころの思い出」と「楽しげな記憶」。こういうものを再確認するために、それをリアルに共有した、あの男性(ひと)が必要になってくる。

 ねぇ、そのときぼくらは共有のための道具として使われるのかな。
 ねぇ、そのときぼくらは共有の道具以上の価値をあの女性(ひと)に提供できるかな。
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by fastska | 2005-11-30 23:40 | 性セイせい
もう彼氏なんて要らない!女性たちへ
 なんであんなに男性って弱々しいのでしょうか?

 女々しすぎる。とそこまで言った女性も知っています。

 おそらく今多くの女性が気づき始めています。もう彼氏なんていらないことを。

 束縛と嫉妬。そして無意味な攻勢。こんなのに女性はもうウンザリしている。

 好きなときに会えて、SEXして、デートできて奢ってもらえる。そんな関係って最高じゃない?そしたら縛られることもなくなる。

 なんてことを、心の中で実は気づいてる。だけど、大声じゃいえないので、「それは間違っている」と自己に思わせる試みをずっと続けなきゃいけない。

 しかも仕事だって、あの面倒な「家庭」というものがなければ継続できる。社会とのつながりが持続できる。

 そうしたら男性の役割はなんだろうか?彼氏という存在であり続けないといけない、夫という存在であり続けないといけない。この存在価値はなんだろうか?

 女性はどんどん世の中の面白さに気づいている。

 ねぇ、そのときぼくらは何をしようか?
 ねぇ、そのとき女性たちはもっと輝きだすのかな?
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by fastska | 2005-11-27 20:24 | 性セイせい
さらば!耽美!
a0022864_21185482.jpg 「あのさぁ、この前ね」なんて感じで、彼女は話し出すのだった。

「彼とね、遊んでると、そうなの、彼のお父さんを紹介するって言われて」なんて感じで話続ける外国人の彼氏を持つ30過ぎなのだった。

「会ってみると、もう、なんていうのかしら、いかにもってかんじなの。いきなり『ファミリーの一員だ』って感じのね。あの馴れ馴れしさっていうか、あの恥かしげのなさってのは、すごく新鮮だったの」

 よくよく思うのだが、あの外国人(欧米系が多い)の馴れ馴れしさは、寂しさの裏返しではないかということだ。耽美はもう消えているのだ。ありのままの感情表現。

 最近、外国人のビジネスマンと話して、酔っ払うといつも家族の写真を見せるやつがいる。「そんなの見たくねぇよ」って心の中では思っているのだが、聞いてやると相当な自慢を繰り出してくる。

 寂しいのだ。

 愛情を欲する総量はどの人種も同じではないか---と仮説を立ててみる。日本人は、いままで温かな共同体としての会社があった。どこまでいっても支えてくれる会社という存在は日本人の心情的基礎になっていたのではなかったか。
 
 そして、欧米の実力主義による個人への疎外感はいつかしら、会社という温かい共同体を冷たい個の連帯へと昇華(あえてここでは昇華、という)させていったのではないたか。

 だから、欧米人ビジネスマンの家族への傾斜は、単に会社共同体からの逃避であり、しかもそれは当然の成り行きだった。

 愛情を欲する総量はどの人種も同じではないか。では、現在の日本の向かう先は見えているだろう。富士通の例を見るまでもなく、公務員という最後の砦の人員整理を見るまでもなく、日本という国は欧米流にシフトしている---ということは、まもなく家族への回帰が叫ばれるだろう。

 そしてぼくらは家族ブームを見るだろう。家族を大切にする「How To」が売られるだろう。ぼくらは、世界が終わるときにも、そっと家族へケーキを買って帰るだろう。
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by fastska | 2005-11-23 21:33 | 性セイせい