緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
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FISHMANS(フィッシュマンズ)は「ぼくのことを分かってくれる」というか弱い共感で人々を魅了した
 いずれにせよ、FISHMANS(フィッシュマンズ)である。

 「宇宙 日本 世田谷」で人気博した絶頂時期から、佐藤氏の死--彼らはいつの間にか消えていった。もちろん、この「消えていった」というのは、表面的な意味であって、ファンの頭の中からではない。

 そう思っている本日、最後のアルバムとなるかもしれないベスト盤が発売される。

 一言でいえば、このバンドの登場自体が--反論はあるかもしれないが--サブカル好きにもアピールし、どちらかと言えばロック・プログレ・ラウドミュージックが好きなやつらにもアピールできた、初の衝撃だったからだ。

 バンドにとって楽器が道具や武器であるうちは、そのバンドはその事実によって楽器と乖離している。けれども楽器が見える演奏はバンドにはなってはいない。バンドは身体そのものになっていてほしい。

 FISHMANSにとって、楽器は身体機械あるいは知覚機構そのものだった。

 やめた。やめた。こんな生硬な難しい単語を並べて書いては、あの最高に弱々しく最高に浮遊感のあるメロディアスな演奏には遠かった。FISHMANSにあっては楽器を身体のように扱っているのではなかったのだ。いいかえなければならない。

 まず、身体ではない、体、カラダ、なのだ。絶望りなのだ。絶望からくる叫びなのだ。

 FISHMANSでは、その体そのものが楽器なのである。体という楽器。楽器になる体。楽器を自由に操っているのではなくて、体のどこからが楽器になるかということ。それがFISHMANSの演奏だった。

 全てを壊す、というスタンスはアルバムごとの音楽性を超え、自らの破壊に至らずにはおれなかった。音楽シーンに深く突き刺さったこの超巨大なトゲは、周囲を破壊し尽くすだけでなく自己の変化にも貪欲であり、それは常に自己破滅への危険性も孕んでいた。

 オンガクというものが「こうなりたい」と鼓舞するものと、「このままの自分を受け止めよう」と自己停止を求めるものに分類されるのだとしたら、FISHMANSは明らかに後者であった。

 「ぼくのことを分かってくれる」という幻想を抱いたFISHMANSファンはいまだに、自己の弱々しさと青春を重ね合わせて、あの良き時代を語ることを止めない。

 以前、デビュー当時の彼らを、忌野清志郎と重ねていた記事があったが、これは完全に間違いだと言わざるを得ない。FISHMANSには恥ずかしげがなく自己を歌に投影する。忌野清志郎は恥ずかしげがあるから「お前を抱きたい」というコトバをフェイクとして歌に入れ込んでしまうのだ。

 FISHMANSは音楽というものを真面目に考えすぎた。その真面目さはオンガクを商業的に乗せて楽しむ余裕さえ失わせていた。そして、この不器用さこそが、まぎれもなくFISHMANSの愚直なまでの美しさだったのだ。

 もう止めてしまおう。全てを。過去の全てを。青春を思い出させるこの不器用人たちはもはやどこにもいない。
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by fastska | 2005-04-18 23:09 | 音楽オンガクおんがく
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