緊急事態!!色々なことを書き散らしているようで、そうではなかったり。不思議でワイセツで知的な刺激を。
by fastska
カテゴリ
全体
サイバースペース
性セイせい
音楽オンガクおんがく
映画エイガえいが
青春記・旅・思想
ここ最近の出来事
ぼくの高校時代
未分類
メモ帳
著者説明:(けっこう)有名な企業で仕事やっているけれど、片手間でライターもやっている。ファッションと旅行以外ならだいたい書ける。お仕事、感想、批判、誹謗中傷やらなんやらがあれば、ここまで。

earthcream2000@
yahoo.co.jp

(山塚あて)
*すみません、昨年からずっと最近メールが1万通きていて、見切れていません。メール返信必要な場合はblogに書き込んでいただけると幸いです。

リンク

じんせいをかえる会
世界一のバイヤーになってみろ!!
Honey Pieだいせんせい
人生という名の終りなき回廊
mixi
アは青木泰山のア!
帰ってきたおさかな日記
戦うカタツムリの主張
フォロー中のブログ
web-log nost...
ジーンズリメイクCoCo...
終了
悩めるおぢさんの戯れ言
試論Records
酒と猫の日々
The Elements...
万理の頂上 - Ab ...
ピンクのmiracle
Rhymes Of An...
北野洋品店 跡地
ゼファーガーデン(the...
最新のトラックバック
concrete bar..
from concrete barri..
bulova marin..
from bulova marine ..
kicker littl..
from kicker little ..
anza borrego..
from anza borrego s..
1 liner jokes
from 1 liner jokes
model teen s..
from model teen ser..
lexus suv
from lexus suv
hot wire
from hot wire
cake photo w..
from cake photo wed..
science and ..
from science and te..
以前の記事
2007年 08月
2007年 07月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
ライフログ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
週刊ブログ王もよろしく
会社の辞め方・続け方
「会社の辞め方・続け方」という本をコンサルタントの方と共著で書いてみないか、というオファーがきた。

どうやらぼくは会社に批判的な意見を持っている、と思われているらしい。そんなことは全くない。会社というところは、人並み以上に素早く仕事をすれば残り時間は本の構想を練っていても怒られないし、無能な人たちを観察できる貴重な空間だ。だから、むやみに独立など薦めたいわけではない。

それでもなお、ぼくはこの話を受けることにした。どうなるかは分からない。おそらく2ヶ月この本のことを書かなかったら、方向性が合わなかったのでぼくが途中で断ったと思っても良い。

それにしても、「会社の辞め方・続け方」という内容だけで一冊の本が書けるとは驚きだ。「会社を辞めてやる」と言ってなかなか辞めない人がいる。会社の不平不満を言っているくせに、「だけど仲間に愛着があって」という理由でなかなか辞めない人がいる。おそらく矛盾していることに気づかないほど莫迦(ばか)なのか、決断力がないだけだろう。そして、この発言に怒る人ほど、本物の莫迦(ばか)なのだろう。

会社を辞めても食っていける、とは市場評価に基づく冷静な自己評価か、常に自己を売り込み第三の道を確保しているというしたたかさ抜きには、単なる戯言として響く。
[PR]
# by fastska | 2007-08-09 22:44 | 青春記・旅・思想
幸せはカネで買える
「幸せはカネでは買えない」。こういう人がいる。「本人が幸せと感じることが一番だ」と必ず付け加えられることになる。「ゆえに、カネと幸せは一緒ではないのです」とも。

なるほど、「幸せ」なるものの定義ができていなければ、買うも、そもそも見つけるのも不可能だろう。

と思っていると、ホリエモンが仮保釈後も、女性とイチャイチャしたりして幸せそうにしていると「そんなの本当の幸せじゃない」と言いたくなるらしい。ついさっきまで「本人が幸せと感じることが一番だ」と言っていた人が、である。この矛盾は何だろうか。あなたは人が幸せと言っているのに、それを否定してまでどのような高貴な「幸せ」を知っているのか、と訊いてやりたくなる。

「幸せは自分しだい」と言うくせに、本当に幸せそうなヤツがいたら、「それは違う」と言いたくなる程度の「幸せ」が今の日本では精一杯らしい。とても哀しい。

そしてその後に、「一般庶民は年金ももらえないのに、官僚どもは退職金をたくさんもらって許せない」だって。カネで幸せが買えない、と言っていたくせに。それなら月10万円の幸せを見つけてみてはどうかな。

ぼくは昔から、どう見ても恵まれない結婚をした女性に対して、「まあ、それでもいいわよね。本人が幸せなら」と言うことに偽善を感じてきた。なぜ本人が感じるレベル以上の「幸せ」を教えてやろうという気持ちすらないのだろうか。

どうやらこの国では、「金持ちの幸せ」は批判の対象であり、常に「そんなものは本物の幸せじゃない」と言われ、貧乏者の幸せは常に「素晴らしい」と言われているようだ。

こんな嫉妬社会に本当の「幸せ」など育つものか。
[PR]
# by fastska | 2007-08-09 22:43 | 青春記・旅・思想
虚像女性は美しい
この前、テレビCM関係の仕事をなさっている人とお話したところ、「今のCMは、単に人が話しているだけのようなものであっても、ほとんどの場合CGが使われていますよ」と言われた。

CGとはもちろんコンピュータ処理のことなんだけど、どこに使っているかというと、女性の顔。女性の顔にはシミやシワは「許されない」ことになっているようなので、それを消していくのだそうだ。しかも、ほぼ全てのCMで。

この話を忘れていたところ、昨日ある著名人のBlogで「最近の宣伝写真を見ると、全て後処理が加えられている。なんなら、すっぴんで撮影して、それをCG処理した方が早いくらいだ」とまで(大意)書かれていた。なるほど、テレビCMだけではなく写真もそうか。

よく思えば、本当の女性の美を見たいわけではなくて、幻想を見たいのだからそれも良しとするか。それが虚像であっても、美を感じるだけ良しとしよう。

もうちょっとしたら完全CG女性がCMで演じるだろう。それに美を感じたら、どうなのだろう。おそらく実際の女性に感じる美であっても、CGの女性に感じる美であっても本質的に違うところはない。

いや、もしかしたら現在のテレビCMの何割かは既にCG女性かもしれないな。昨日すれ違った女性はどうだったんだろう。
[PR]
# by fastska | 2007-08-09 22:43 | 性セイせい
希望の女性論
一つの妖怪が日本女性にあらわれている、個人主義の妖怪が。いまでは、日本のあらゆる女性が、この妖怪にたいする神聖な討伐の同盟をむすんでいる。高貴でも貧しい女性でも。

ある女性は、「彼が家に来ると嬉しいんだけど、翌日には『早く帰って欲しいな』って心では思ってる」と言った。ある女性は、「なんだか周囲が結婚していると『そういうことしなきゃ』って思っちゃうけど、本当は結婚なんてしたいわけじゃない」と言った。

彼女たちの中心に流れるのは、「自分が何をしたいか」という超個人満足主義であり、そこには「自分がしたいことを最優先する、という考え自体が一つのイデオロギーにすぎない」という自覚は全くない。

そう、その自覚など全くなくても良い。

こういう女性たち--、すなわち全ての女性は実は一人になることを望んでいる。彼氏がいる、いない。結婚している、していない。はこのとき本質の問題ではない。一人でいた方が、自由に動けて働けて、何より「ときにはいて欲しい」男性と常に一緒にいる必要はない。

常に寂しい。だけど、一人でいたい。これは自由主義社会の一つの帰結なのである。

おそらく社会は核家族をはるかに超越して、「一人家族主義」がやってくる。家族の姿をとりながら、中ではバラバラで、かつ個々人を尊重しながらお互いがそれぞれ独立しておのれの幸福を求めるときが。

「女性は結婚まで処女でなければいけない」という幻想が実は昭和に捏造された。現在では、みなが知っているように、そのような女性はおらず、それ以前のオープン性制度に回帰した。そして、その動きはついには、ときと場面に応じて男性を選択するという時代に入っていく。恋愛用の男性と、結婚用の男性。快楽セックス用の男性と、妊娠セックス用の男性。

自由選択時代が倫理としても非難されず、経済合理的な選択として賛美される。女性は常に自分の皮膚感覚をよしとして時代を創り上げてきた。それはみも蓋もない正直な自我が浮上してきたときだ。まさに今、その個人至上主義という妖怪が登場している。

万国の女性よ、団結せよ!
[PR]
# by fastska | 2007-08-09 22:43 | 性セイせい
本を書きたい人へ
「本をいつかは書いてみたい人」が、約1000万人いるという。日本人の13人に一人は本を書いてみたい症候群なわけだ。

この前もそういう話が編集者との間で話題になった。そういう人たちの中で、本を実際に書けるのは1000人に一人だという。しかし、実は見た目ほどではない。

なぜなら、「本を書きたい」と相談してくる人はたくさんいるが、実際に「こういう原稿を書きました」と持ってくる人は100人中一人もいないのだという。「いつか書いてみたい」の「いつか」はいつまでも来ないというわけだ。

と、ここまで言ってみても、実際にサンプル文すら書ける人は少ない。100人中一人だとしたら、さらにその中の10人に一人は本が出せるという。ということは、企画案を10個持っていけば、ほとんどの確率で出版できるということではないか(ちなみにぼくは二つ目の企画が成立した)。これはかなり真実を言い当てているように、ぼくには思える。

おそらく、Web文化が進めば進むほど、逆説的に必要となってくるのが「文章力」だろう。活字離れが叫ばれて久しいが、これほどwebを含めて「文字」に触れる時代はないと言って良い。

編集者たちは「まだ見ぬ筆者に会ってみたい」と言っていた。それはおそらく本気なのだろう。それほど、文章を実際に書ける人がいないということなのだけれど。
[PR]
# by fastska | 2007-08-09 22:42 | 青春記・旅・思想
滝川クリステルが脱いだ!
というタイトルのスパムメールが届いて、「そりゃそうだよなあ。風呂に入るならば脱ぐしなあ」と思ってすぐに削除する。

こういうことを言うと、すぐに理屈屋だ、という風に言われる。「宝くじを買った人から億万長者が誕生!」というコピーを読んで、「そりゃそうだよなあ。ビジネスで成功した人の中では、宝くじくらい買ったことのある人はいるよなあ」とすぐさま考えてしまうのだから、おそらくぼくの疑い性はかなりのものだろう。

相手が伝えたいことと、自分が理解することは、ほとんどの場合異なっている。コミュニケーションの99%は誤解で成り立っている、というのは非常に興味深い考察だ。

いや、よく思えば、ぼくらは他人に、たとえ恋人であっても理解されたくないのではないだろうか。恋の始まりは「あなたのこともっと教えて」であり、恋の終わりは「もう、あなたのこと分かったわ」という言葉で捨象されるということはかなり示唆的である。

他人から全てのことを分かって欲しくない。そして、自分だって他人のことを全部知りたくはない。分からない、ということが実は明日を生きてみようと思う動機の本質ではないか。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:42 | 性セイせい
脱税バンザイ!
フジテレビの所得申告漏れが発覚した。例の如く、組織ぐるみではなく、個人の仕業だという。ライブドアのとき、架空売上を批判していた、ほぼ全てのTV民法局が過去には同じような虚偽決算の輝かしい実績を持っている。

考えてもみればいい。ライブドアは虚偽の売上を創り上げ、余計に税金を払った。TV局は利益を過小申告し、脱税した。どうも、税金を余計に払う方が、払わないことよりも罪が重いらしい。

報道の大きさで、その罪の大小を測るという狂った世の中にぼくらは住んできた。常にメッセージの発信元のメディアに、全ての思想をコントロールされているというのは、政府の国民操作を描いた「未来世紀ブラジル」や「1984」よりもずっと恐ろしい。

ギャンブルはずっと「儲けるならば賭けるのを止めて胴元になれ」と言われてきた。なるほど、それならばメディアは受けるよりも発信する側にまわれということか。それは、「誰もが15分間有名人になれる」と言ったアンディ・ウォーホールの言葉よろしく、現代にぴったりだ。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:42 | 青春記・旅・思想
新しいことと古いこと
ぼくは、なるべく常に新しいことを書こうと思っている。だから、あえて、古くさい説教のようなことを入れることがある。

ぼくの書籍物の中で、あえて「今回は古くさい説教のようなことを書こう」と思って、そう書いておいたとする。すると、「変わりましたね。昔の方が良かったなあ」という読者メールをもらう。

おそらく、こういうことなのだと思う。「変わり続けなければいけない」と思うことは正しいのだが、きっと変わらない方が読者を拡大させるという意味では有益である、と。

ずっと変わらなくても、読者が飽きるのは予想以上に遅いものだし、それ以前に新たな読者がどんどん参入するからだ。ゆえに、マンネリが批判される一方で、マンネリのアーティストばかりが生き残っているのだ。

ああ、変わらないということは楽で良い。そうすればいいんだな、と思ったこのごろ。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:41 | 青春記・旅・思想
収入と人間の不思議
「カネなんてどうでもいい」
と言ってしまう人ほど、実はカネに汚いことばかりである。ヘンにケチったり。だから、こういうことを平気でいえる人は、鈍感か偽善のかたまりの人なのだろう。

ということで、ぼくはかなりしっかり金銭管理を行っている。それは散財しない、ということではない。いや、むしろ普通の人よりも良く使うし、おごってあげることも多い(と思う)。だからこそ、それをちゃんと補う目標を置いてきたし、そうでなければ毎日のようにAmazonで注文できない。

ところで不思議なこと。
毎月、収入の流れが多様化してきた。まあ、その分増えているということ。
それなのに、日常に戻れば、「うおお、今年の月給ってこのくらいしか増えないのかよ」とか「なんでこんなにガソリン高いんだ」とか「なんでたかってくる奴ばかりなんだ」とか嘆いている。逆に、アフィリエイトで「おっ、今月は3000円も儲かった」なんて喜んだりしている。
その数倍以上の収入を得る手法があることを知り、なんなら転職すれば現在以上の年収が得られることが分かっているくせに。

なんなんでしょうか。これって。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:41 | 青春記・旅・思想
コムスン事件に見る、人々のいやらしさ
コムスン事件が世間をにぎわせている。折口さんのカリスマ性の裏返しで、そのワンマンぶりに批判が集まっている。

私などは、福祉であろうが、介護であろうが、それをビジネスとして成り立たせている以上、成果主義は当然だと思う。それに、その結果利益を得ることが批判の的になるべきでもない。

類稀なる企業家であったことは事実である。別に、「厳しいノルマが課せられていた」ということは驚くべきでもなく、そんなことに驚いているとは、驚く人の想像力の欠如に、逆に驚いてしまった。

成果主義の徹底や、その利益で私腹を肥やしていた、という事実と、虚偽申請により利益を不当に得ていた、という事実は別に議論されるべきなのだ。規定時間に達していないのに、規定時間分を申請することは、紛れもない不正である。しかし、それと、利益主義は別物なのである。

そんなに利益主義のコムスンが嫌であれば、そもそも介護をお願いせねば良かったではないか、とまで突き放つ気はない。だが、どんな世の中も、薄利だけではやっていられないことも、どうしようもない事実なのだ。

こういう事件になると、必ず「元社員」なる人が出てきて、いかに内部が酷かったかを告白することがある。私は、つい「この人は内部にいるときに、その窮状と闘ったのだろうか」と問いたくなる。自分が、その「最低な組織」にいて不正の一助となったことを免れた気でいるのではないだろうな、と。組織を出た瞬間に、自分のことを棚に置いてしまう精神性を持つことがどうしても信じられないでいる。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:40 | 青春記・旅・思想
モテる男
モテる男の定義。

1.清潔なこと
2.顔が良いこと
3.一緒に居て不快にならないほど、さっぱりした性格であること

と思いつき、メモを重ねる。
こういうことやっているから、本の執筆が遅れ、もう一冊の英語本ができないでいるのか。

おそらくこれまでの恋愛論の決定的な欠点で、2.を明確に書いてこなかったことだ。何が「面白い人がモテる」だ。どう考えても、みもふたもない結論だが、2.が重要ではないか。

外見なんてどうでも良いよね、とまで言ってしまう人には、「周囲からどう思われても良いなら、それは動物と一緒だ」と反論しておく。

あっ、あんまり書くと、「お前はどれにもあてはまっていないじゃないか」と女性から言われそうなのでやめておこうっと。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:40 | 性セイせい
みんなの間違い
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という一文。

さて、一番最初の「国境」ってなんと読みますか。ぼくはずっと、「くにざかい」だと思っていた。「こっきょう」は、統治政府の異なる国どうしの境目のはずだからだ。

しかし、齋藤孝『声に出して読みたい日本語』の初版版では「こっきょう」となっているではないか!しかも、それ以降の版では「くにざかい」になっている!どっちだ。

ある本では、やっぱり「こっきょう」。でも、「お前さんのクニはどこだい?」ってな感じで、故郷を指すときの「クニ」があるでしょう。その境目だから、「くにざかい」ではないかと思うのであるが、どうかな。

そういえば、ぼくは藤子不二雄の「まんが道」を「まんがみち」と読んでいたのだが、これって「まんがどう」なのかしら?

誰か教えて。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:39 | 青春記・旅・思想
ぼくらに「いつか、きっと」は無い
本を出してからというもの、「私もあの分野に関する本を出したいんですよ」という三名に出会った。

そして、「ああ、なるほど。じゃあどういうものを書いたんですか」と訊くと、「いや、まだ書いていないが、いつかきっと書いてみたいと思っていて」と言う。

確信を持って言うが、こういう場合は必ず口先だけで終わる。何かを発信したい人は、たくさんいる。ただ、いるだけなのだ。

でも、発信せざるを得ないほど内に秘めたるものを抱えてしまった人は、誰が止めようとも勝手に創作しているものだ。これは文章だけではなく、音楽でも何でもそうだ。

会社を作りたい、という人に「じゃあプランを見せて」と言っても答えはほとんど出てこない。本気で会社を作りたいのであれば、まず書式を集めるべきだ。それは真剣にやれば数日で済む(経験談)。

ぼくらに、「いつか、きっと」は無い。発信したければ、自分というものを世に訴えたければ、いますぐに動くしかない。何かのチャンスがあったときに、「見てください」と言える作品をすぐにでも作るしかない。それさえしなければ、可能性はゼロでしかありえない。

寝る時間があるのであれば、なぜ作り始めないのだろうか。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:38 | 青春記・旅・思想
夢を託す、という卑しさ
これも、非常に反感を抱かれそうだから、あえて書いておこう。

これまで、(多少はぼくが行動する人間だからか)よく「今度はこういうことやってくださいよ」と言われることが多かった。

「次はこういうことやってくださいよ」「次はこういうこと書いてくださいよ」「次はこういう企画してくださいよ」とかだ。

しかし、そういう人が次に「じゃあ、自分でやったら」というツッコミを受けて、「わかりました。あなたがやらないのであれば、私がやりましょう」という答えをするかというと、その例は一回もない。それ以降の反応は、ぼくへの卑しき眼差しか、負け犬の腐った遠吠えのような「私がやるのではなくて、あなたにやってほしいと言っている」という訳の分からないコメントだ。

夢を託す、ということはどこか美化されて言われてきたきらいがある。それは多くの場合、自分ができないことのスケープゴートとして活用されてきた。ときには年齢のせいにしたり、立場の違いのせいにしたり。でも、そういうことは本当は関係がない。ほとんど。

しかし、こういう人がいるからこそ、「動いていれば成功する」という言葉があるのだな。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:38 | 青春記・旅・思想
本への反論
とても重要なことなので、読んで欲しい。

ぼくは本を出した。運の良いことに、それなりに売れているから感想を毎日のようにいただく。

そこで、分かったことがある。いただく内容は、もちろん批判がたくさんある。面白いのは、その批判が「そこは、こういう解釈があることを知っていますか」というものだけなのだ。「ある本ではこう言っている」「Webで調べたらこう言っている」「歴史的にいうと、こういうことではないか」というもの。

しかし、批判が全くこない箇所がいくつもある。それは、全てぼくが考えて勝手に「こういう理論だ」と定義づけした箇所だ。どうやら人は、初めて見る理論には、批判すら持ち得ないらしい。例えば、法律とか、これまで良く言われている理論については批判が届きやすいものの、これまで理論立てられていないところは、勝手に法則・理論を見つけて披瀝しても誰にも批判はされないものらしい。

これはかなりの発見だった。人々は、おそらく、自分が慣れ親しんだ理屈には間違い探しをしがちなものの、全く考えたこともない理屈に関しては疑問すら持てないらしい。おそらく、そこまで自分の頭で一から批判の理論を組み立てることのできる人は稀だからだろう。

ということは、誰でも自分なりの理論を創り上げて公表した奴が勝ちだ、ということになる。実際そうだ。こういうことは前から分かっていたけれど、出版して大きな対象にアピールしたあとでは、かなりの実感となった。

ぼくは、人と議論をしているとき、「そんなこと言うけれど、世の中の常識はこうだよ」と反論されることがある。そんなときは「ああ、そういうことは知りませんでした。だけど、自分で考えて一番正しいことを言っているので、とくにそういうことを知る必要もないでしょう」と語る。誰も考えていないフレームワークで、自分の理屈を語れば誰も反論できる人はいない。

世の中の「頭の良い人」とは、せいぜいそのレベルらしい。
[PR]
# by fastska | 2007-07-01 23:37 | 青春記・旅・思想